2015年09月30日

セイフティネットの必要性とは ? 風当たりが厳しい生活保護

生活保護に対する風当たりが厳しい。支給額が減らされるとともに、現物支給が望ましいという考え方もあるようだ。
 生活保護は、日本においては生活保護法という法律で定められたシステムといえる。ちなみにこの第1条においては「この法律は、日本国憲法第25条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする」と定められている。また、日本国憲法第25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。
 つまり国が定めたセイフティネットであるわけだが、これを好ましく思わない人がとても多いということは悲しいことだ。ではなぜ、セイフティネットの存在を好ましく思わないのだろうか。理由はいくつも考えられるが、ようするに「働くことができる人間が、働きもせずに税金を食いつぶすことは罷りならん」ということではないか。
 確かに、必死に働いて自力で生きている人がいる一方で、生活保護に頼ることで何も仕事をせずに生きている人がいるとするならば、そこには不公平性が浮き彫りになる。しかも、働く人よりもむしろ生活保護に頼る人間のほうが、安定して生きていたりするならば、必死に働いている人間からすれば面白くないに違いないし、そもそも働く気さえ失せてしまうはずだ。
 働けるのに働かず、税金に依存して生活するのは、働く人間からすれば納得いかないのは当然だし、生活保護費でギャンプルに興じるなどということは問題外だ。もともと働けるのであれば働くべきだ。だから、生活保護制度を好ましく思えないのは、ある意味で当然といえば当然のことだ。
しかしだからと、セイフティネットの質を下げたり、なくしてしまえばいいのかというと、そんなにことは単純ではない。世の中には働こうとしていても働くことができない人間も少なくない。これは、真に働けなかったり、自力で生きることが難しい人々だ。
 このような人々にとって、生活保護はどうしても必要なセイフティネットといえる。また、今後はさらなる高齢化社会へと向かうことから、しっかりとしたセイフティネットが用意されていなければ、餓死者さえも増えていく。これらの弱者も含めて一括りにして、「働けばいい」と切り捨ててしまっていては、そもそも国民は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を行使することができないことになる。
 世の中には、真の弱者が存在する。一方で、「弱者の立場にいるのは本人の責任なのだから、それを国がサポートする必要はない」という考えもあるだろう。ところが、現在は弱者ではない人々の中にも、今後、何らかの要因において、弱者の立場に身をおかなければならなくなる可能性はある。しかもその原因が、外的な要因であることも少なくない。
 それでも「必要ない」と言いきることができる人は、自分は弱者にはならないし、仮になったとしても、自力で這い上がるだろうから、セイフティネットなど不要だと考えているに違いない。確かにそのような人々には、セイフティネットは不要である。しかしセイフティネットとは、不要な人のためでなく必要な人のためにあるものなのだ。
 また、「自分に関係ないなら、なくてよい。もともと自分が収めた税金なのだから、自分に返ることのみに使われるべきだ」と主張する方もいらっしゃるようだが、このような方々は、ひとたび弱者に回れば、その瞬間から、セイフティネットの必要性を訴えることだろう。
 一方で、不正受給などを許さないシステムの導入はとても重要である。ただしこれは受給資格を厳しくしたり金額を下げたりするのでは解決しない。真実をあぶりだすチェックシステムが必要なのだ。それが難しいからとセイフティネットのクオリティを下げていては、セイフティネットに引っかからない弱者の数が増えるだけだ。いずれにしても真の弱者には、もっと優しい国民であり、国であって欲しい。それは巡り巡って、結局自分に返るものだからだ。
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2015年09月29日

非正規雇用・年収200万以下・生活保護が増加

 フランス人経済学者トマ・ピケティの著書『21世紀の資本』(みすず書房)が話題となったが、現在は沈静化した。経済学書であり、6000円近い価格にもかかわらずかなり売れた。人々がこの著書に引き付けられたのは、“格差”がどのように発生し、拡大するのかというテーマにあったのかもしれない。ピケティの登場は、明らかに日本に何かを投げかけた。それはアベノミクスという経済政策が進められていく中で、国民の多くが感じている格差ではないのか。
 デフレ経済脱却を目指して進められている安倍晋三政権によるアベノミクスは、日本銀行による異次元緩和を通じて円安の恩恵をもたらし、日経平均株価の上昇を演出した。消費者のセンチメント(市場心理)は、「景気が回復するかもしれない」という期待感に膨らんだ。
 しかし、その一方で生活保護受給者は過去最多を更新し続け、非正規雇用はアベノミクス開始前よりも増加、また、年収が200万円に満たない、いわゆる「ワーキング・プア」も増加している。こうした、アベノミクスの恩恵を受けている者と受けていない者との間の格差に思い至るきっかけとなったのが、ピケティではなかったのか。
「経済成長が格差を是正する」という考え方がある。アベノミクスは明らかにこの立場を採っている。その考え方の最たるものが、「トリクルダウン理論」だ。
 トリクルダウンというのは「滴り落ちる」という意味で、高所得者や大企業に恩恵をもたらすような経済政策を優先的に行えば、その恩恵は経済全体の拡大というかたちで低所得者層にまで雫が滴るように行き渡るとする理論だ。
 実際に、安倍首相のブレーンである浜田宏一内閣官房参与は、アベノミクスが進める金融緩和が実体経済に影響を及ぼすプロセスについて、「アベノミクスはどちらかというとトリクルダウン政策といえる」と言明しており、甘利明経済再生相も、「トリクルダウンということはあり得ると思う」と述べている。
 そもそも、トリクルダウン理論を最初に用いたのは、1980年代に米レーガン政権で初代行政管理予算局長官となったデビッド・ストックマンだが、トリクルダウンの効果そのものは、いまだに経済学的には検証されておらず、米コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授、米プリンストン大学のポール・クルーグマン教授というノーベル経済学賞を受賞した2人は否定的な見解を示している
 また、ピケティも著書の中で、「経済成長によるトリクルダウン効果では、所得の適正な再分配は望めず、少子化や人口減少の進展で相続資産格差が拡大・固定化し、世襲資本主義が拡がる」と指摘している。
 当の安倍首相は国会で「安倍政権として目指すのはトリクルダウンではなく、経済の好循環の実現であり、地方経済の底上げだ」と、批判をかわす答弁を行っている。
 ピケティは著書の中で、米国型の企業トップが巨額の報酬を取ることで、富の集中が起こっている点に対しても「自分の給与を自分で決める立場の人は、自分自身に対して甘くなる、あるいは最低でも自分の限界生産性の評価が楽観的になるのはごく自然なインセンティブがあると考えるのは当然だろう」と、いささか皮肉な調子で批判している。
 昨今の日本でも企業トップの報酬が高額化してはいるものの、米国と比べればまだまだ巨額というほどではない。むしろ日本では、アベノミクスがある程度の成果を表している中で、格差を表す指標であるジニ係数がOECD(経済協力開発機構)の平均を上回り、加盟34カ国中10位の格差が発生していることや、所得が真ん中の人を基準にして貧しい層の割合を示す「相対的貧困率」で加盟国中6位と貧困が進んでいることのほうが問題だ。
 ピケティが日本に投げかけたものは、富の集中という格差の拡大ではなく、トリクルダウンという経済政策の名のもとで起こっている貧困の拡大という格差だったのかもしれない。
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2015年09月28日

老後の貧困―下流老人

 「老後が不安ですか、心配ですか」
 このように質問されて、「いいえ、不安でも心配でもありません」と答えられる人はどれだけいるだろうか。おそらく20代の若い人でも、「老後の対策はバッチリです、任せてください」と、胸を張って答えられる人はいないはずだ。なぜなら、今や老後がもたらす貧困問題は、日本全国の問題になりつつあるからだ。
 今、20代、30代の世代は、老後の貧困をすでに覚悟しているように感じる。将来、年金はどうやら貰えない。もし貰えたとしても雀の涙で、とても暮らして行けるレベルじゃない。今後、ますます少子高齢化が進み、働き手がいなくなり、経済が低迷して行くのは目に見えている。そんな暗い社会が待ち構えていることを今の若い世代は、感覚的にキャッチしているようだ。
 テレビやネットなどで嫌でも情報をキャッチしてしまう現代において、老後の貧困問題はもはや見て見ぬ振りができない大きな問題となって膨れ上がっているのである。ある意味、20代、30代がシェアハウス、ミニマリスト(必要最小限主義者)を好むのは、暗雲立ち込める老後の貧困問題に対する無意識の対策なのかもしれない。
 では、どうすればいいのか。私たちは、ただ指をくわえて、貧困がもたらす一億総老後崩壊社会が来るのを待つだけなのか。
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2015年09月27日

低所得者に対する支援と生活保護制度

1.保護の原則
 生活保護法第7条から第10条までの制度運営上の原則(やや具体的な法実施の枠組)であり、主に生活保護を具体的に実施していく場合の行政行為の指針を示している。
 7条は「申請保護の原則」であり,保護は要保護者の申請に基づいて開始されるべきことを趣旨としている。これは生活保護法が国民の保護請求権を認めたうえで,その権利を行使する主体(要保護者)の意思表示を明確にさせる意義を有する。
 8条は「基準及び程度の原則」で,健康で文化的な生活(3条)を保障すべき保護基準の決定権限を厚生労働大臣に託していることなどを規定している。
 9条は「必要即応の原則」で,2条で宣言した無差別平等の理念が,国民生活の個別性や多様性を無視した機械的取扱いにつながらないよう戒める条文である。
 10条の「世帯単位の原則」は,生活の消費単位を世帯と認めて保護の要否や程度を決定することを原則とし,個人単位を補完的に位置づけている。
 *「被保護者」とは、生活保護を受給している保護者であり、保護を要する者のことをいう。
 *「保護率」とは通常人口千人当たり被保護者人員数=パーミル(‰)で表示する。
 @ 申請保護の原則 
 生活保護法第7条に定められている原則で、
・保護は申請にもとづいて開始すべきこと、
・申講権者の範囲を規定したこと、
・但し書きとして急迫した場合に職権俣護が補完的に可能であることの3点がその趣旨である。
 また、保護の開始については、実施機関は保護申諸のあった日から14日以内に保護の要否等について通知すべきことが規定されている。
 第7条「保護は、要保護者、その扶養義務者又はその他の同居の親族の申請に基いて開始するものとする。但し、要保護者が急迫した状況にあるときは、保護の申請がなくても、必要な保護を行うことができる」。
 A 基準および程度の原則
 生活保護法第8条に、第3条の「健康で文化的な」最低限度の生活を具休的に決定する場合の手続きや考え方を規定しているが、その趣旨は、
・保護の基準は厚生労働大臣が決定すること
・この基準は最低限度の生活に十分である一方、この限度を超えてはならないこと
・保護の程度はミーンズ・テストを行ってその不足分を補うものであること
の3点である。
 B 必要即応の原則
 生活保護法第9条に、「保護は、要保護者の年齢別、性別、健康状態などその個人または世帯の実際の必要の相違を考慮して、有効且つ適切に行うものとする」と定めており、保護の実施は要保護者の個別事情の違いに応じて柔軟に対応すること、というものである。
 C 世帯単位の原則
 生活保護法第10条に、「保護は、世帯を単位としてその要否及び程度を定めるものとする」と規定し、状況により個人を単位とする世帯分離についても定めている。原則として、住居と生計を同一にしている場合を同一世帯として認定し、そのうえで、居住を一にしていないが同一世帯と認定すべき場合と、同一世帯に属していると認定されるが世帯分離(個人単位として認定)してさしつかえない場合の両方を例示している。   
 「世帯単位の原則」が規定されているが、個人を単位とする世帯分離も定められている。
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2015年09月26日

「生活保護の支給額が高すぎる」という議論に違和感

 日本でしばしば話題になっている「生活保護の支給額が高すぎる」という議論に違和感がある。ロジックとしては生活保護の支給額と最低賃金や年金を比較したり、不正受給の話が持ち出されるのですが、いずれもおかしいのだ。
(1)生活保護 vs. 最低賃金
 生活保護の目的は富の再分配なので、富める者が貧しいものをサポートする仕組みだ。最低賃金よりも高いか安いかは重要ではなく、貧しい人に「健康で文化的な最低限度の生活」を保障できるかという基準で支給額を決めるべきなのだ。たとえば、生活保護の支給額は横浜市の標準3人世帯でおよそ15万円みたいだが、これは確かに最低限必要なレベルだと思う。これより安かったら人間らしい暮らしはできないのではないか。もし最低賃金のほうが生活保護よりも安いというのであれば、生活保護の支給額を下げるのではなく、最低賃金を上げるべきだと思う。アメリカのカルフォルニア州など、最低賃金を上げる政策はよく見られる。これは労働市場を歪めてしまうというデメリットもあるが(最低賃金がなければ雇用してもらえる人が雇用してもらえなくなってしまう)、少なくとも経済格差を縮小する方向に働く。いずれかの低いほうに合わせて格差が広がる政策(生活保護の支給額を引き下げる)よりも、高いほうに合わせて格差が縮まる政策(最低賃金を上げる)のほうが良いのではないか。
(2)生活保護 vs. 年金
 これは本来ならば比較できない2つを比較していると思う。繰り返しになるが、生活保護は富の再分配および「最低生活保障」が目的なのだ。一方で、年金は普通に働いている人たちがお金をプーリングして、働けなくなった時にお金が返ってくるという保険に近いもの。生活保護や税金を「横方向」(個人間)の富の再分配だとすると、年金は個々人が若いうちに納めておいて年を取った後で返ってくるので「縦方向」(個人内)の再分配であると捉えることもできる(実際には年金には世代間の再分配という特徴もあるが、ここでは話をシンプルにしておく)。すべての国民が個々人で退職後も十分暮らしていけるくらい貯金しておいてくれるのならば本来は年金は必要ないのだが、なかなかそうもいかないので(貯金額が不足する人が多く出てきてしまうので)半強制的にお金をプーリングさせているだけなのだ。国民年金の支給額が安いことがしばしば問題になるが、もし支給額と収入を合わせても人間らしい暮らしができない人が多いのであれば、年金の納付額を引き上げて支給額も上げれば良いのではないでか。年金には貧しいものを助ける「扶助」の役割はないので、国民が納得する仕組みさえ作れればそれで良いのではないか。
(3)不正受給
 当たり前ですが不正受給が良いとは思わない。ただし、一部の人が生活保護を受けながら裕福な暮らしをしているからという理由だけで、生活保護の支給額を全体的に引き下げようというのは論点がすり替わっている。不正受給は不正受給、支給額は支給額で別の問題である。不正受給の問題はチェック体制を厳しくして減らすのが筋であり、不正受給でもない受給者たちに不利益が生じるべきではない。さらにはチェックを厳しくしすぎるのも問題になる。一部の不正を働く人のせいで、本当に困っている人がサポートを受けられなくなると言うのでは、本末転倒である。制度の第一の目的である「最低生活保障」を達成し、その上で、不正受給を含めた減らせる無駄を減らしていくというのが本来のあるべき姿なのではないか。
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2015年09月25日

「生保」、その新たな課題?

「生保」という言葉を聞いて、筆者を含めて「生命保険」を連想する人は多いのだろうが、ここでいう「生保」とは「生活保護」のことである。厚生労働省の審議会で「セイホ」という言葉を聞いて、それが「生活保護」を意味するとはすぐに気づかなかった。しかし、最近では「生活保護」としての「セイホ」についても多くの人の関心が集まるようになっている。
 現在の生活保護制度は、国民の健康で文化的な最低限度の生活を保障する憲法25条の「生存権」の理念に基づいて、1950(昭和25)年にできたものだ。戦後の混乱期には生活困窮者が多く、200万人以上の生活保護受給者が存在したが、その後の経済成長とともに減少し、95年度に最小を記録した。しかし、それ以降は急激な増加傾向が続き、今年6月に厚生労働省が発表した2015年度の生活保護受給者(月平均)は約220万人となって戦後最大となっている。
 このように生活保護受給者が増加する理由としては、高齢化の進展により稼働能力の低い「高齢者世帯」が増加していることが一番の問題である。なぜそうなったのか。
 また、稼働能力があると思われる「その他の世帯」の受給者が08年度から急激に増加していることが挙げられる。「保護開始の主な理由」をみると、08年以前は「傷病による」が最も多かったが、それ以降は「働きによる収入の減少・喪失」が最大になっている。つまりこれまでは傷病等により働くことに支障が生じて生活保護を受けていたのが、リーマンショック以降は失業などにより働けるにもかかわらず生活保護を受ける人が増加しているのだ。
 その背景には、雇用保険の失業給付を受けられない非正規雇用者が増加し、失業が直ちに生活保護へ陥る可能性が高いことがある。本来、失業者のセーフティネットは雇用保険と生活保護の二重構造になっているのだが、非正規雇用者の増加は一方のセーフティネットの喪失を意味することになっている。非正規雇用が激増する社会では、若年労働者は希望を失っている。
 つまり、スタブリッシュメント(社会的に確立した制度や体制)に対する不信感が根付いてしまったのではないか。日本社会に未来がないことが、この10年でかなりはっきりしてきた。日本がこうした状況なのに、先行世代は若者に「こういうふうに生きなさい」といまだにロールモデルを提示し続けている。若者からすれば、「そんなことを言うあんたら、目が泳いでいるよ。浮き足立っているよ」と見えてしまう。目が泳いで、浮足立っている人たちが、「あっちへ行け」、「こっちへ行け」と言ったところで、若者たちは信用しない。このように日本の現状が分かる若者と分からない若者に二分されてきている。皆についていかない若者は、彼らの生物としての本能が「ああいうやつらの言うことはあてにならない」と、生き延びるために自分の直感を信じるようになっている。
 また、生活保護からの脱却を図るために特に稼動能力のある人の就労支援が重要だといわれる。これまでも国では「福祉から雇用へ」を目標に、すべての自治体で生活保護受給者等就労支援事業を実施し、11年からは求職者支援制度を設けて雇用保険を受給できない人も職業訓練を受けられるようになっている。しかし、なぜ雇用保険を受けることができないかを解決するのが先ではないか。生活保護制度は、経済的に困窮した人を受け止める「セーフティネット機能」に加え、その人たちを元の社会へ復帰させる「トランポリン機能」の強化が一層重要だと主張される。制度はいじっているが、それらの制度徒改革と言われるものはすべてと言っていいほど機能していない。そして、社会復帰は進んでいない。
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2015年09月24日

月収・貯金が10万円以下の“下流老人”「夢はスイスで安楽死」

 現在、600万人の高齢者が一人暮らしで、そのうち半数が生活保護を受給しているという衝撃の内容が綴られている新書『下流老人』が話題になったが、額に汗して働く現役サラリーマンが高齢者になるころには、今よりももっとひどい「老後総崩壊」時代が待ち構えている。「新幹線放火事件」も記憶に新しいが、生活苦を訴え焼身自殺をした林崎容疑者(71歳)は「下流老人」の象徴的な存在とも言える。
 今の高齢者世代より未婚率が高く実質賃金が低い現役サラリーマン世代(30〜40代)は、「年収400万円でも生活保護レベルになる」「9割が下流老人化する」とも言われている。下流ブームから10年、新たな下流の波が我々をのみ込み、気がつけば「新型下流社会」がすでに到来していたのだ。
 では、巷の「下流老人」たちはどんな生活を強いられているのか。安藤健二さん(仮名・60歳・日雇いバイト)のケースは以下の通りだ。お風呂は数日おきに1回、300円の区のスポーツセンターに行く…。
「最近、この先のことを考えると本当に不安になる」と力なく笑う安藤さん。35歳頃からずっと日雇いのバイトで生計を立てているという安藤さんの貯金は、10万円以下。なぜ25年も定職につかなかったのか。
「大学卒業後、伯父の経営する会社で働いていたんですが、伯父が亡くなって会社を畳むことになり、転職した設備会社は経営が傾きクビになってしまって。一年ほど頑張って就職活動しましたがどこにも採用してもらえず、仕方なくいったん日雇いのバイトを始めたんですね。そこで、『日雇いでも1人なら十分に暮らせるな』と思ってしまったんです」
 当時は日雇いの需要が多く体力もあり、月に30万円以上稼げていたというから、そう思っても仕方ないのかもしれない。しかし、ここ数年は仕事自体の本数も減り体力もなくなり、月に10万円稼ぐのがやっと。20年近く住み続けているという、家賃2万8000円の風呂なし木造アパートでの倹しい暮らしを余儀なくされている。
「食費は一食100円で抑えたいので、野菜はキャベツや玉ねぎ、肉は鶏皮や内臓系くらいしか買えません。ただ、もともと食に興味がなく、酒もタバコも好きじゃない。性欲も減退してここ10年以上女性にも興味がないし、孤独と貧乏は苦痛じゃないんですよね」
 そんな安藤さんが唯一恐れているのが、“孤独死”だという。
「就職せずフラフラしてる時期に勘当され、親とは絶縁状態。友達もいません。“人に迷惑をかけない”が信条なので生活保護も申請したくない。となると、働けなくなる=孤独死ですよね。でも、腐乱死体になったりしたら、それこそ大家さんに迷惑ですし……」
 そこで辿りついたのが、“安楽死”という選択だ。
「スイスには外国人の安楽死をほう助する団体あり、70万円出せば死体の始末までしてもらえるんです。この情報を知って安心しましたよ。早くお金を貯めないと」
 この道はいつか来た道…。そうなのか。
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2015年09月23日

閣議決定した貧困対策大綱ぐらいで貧困の連鎖がなくなるはずがない!

 生活保護を受けている高校生がアルバイト代や奨学金を塾代に使うと生活保護費を減らされるルールになっている。「今年の10月から塾代に使うことを認めようではないか」と閣議決定した。こんなことを閣議決定しなければならないこと自体が腹立たしくも情けない。政府は子供の貧困対策に力を入れるといっているが、これもうわべだけの戯言でしかない。要は、10月から今までアルバイトなどで貰っていたお金を塾代に使ってもいいというだけのお話。塾代がかかるのは当然と言えば当然だが、そもそも子供たちの塾代を捻出できるだけの生活保護費が給付されていないというのが問題なはず。高校生本人が塾代を捻出するためにアルバイトをしているとしたら、矛盾を感じないのは変ではないか。たったこれだけのことで、貧困の連鎖を食い止めるなどと、たわけたことを言うんじゃない。二世議員で閣僚になった方々や厚労省の官僚の方々は、たったこれだけのことで貧困の連鎖を断つことができるなどと考えることができるのか。
 外国の話を参考にすることはあまりすきではないが、それを分っていても、スウェーデンでは、教育費は大学まで含めてすべて無料なのだ。金で入試を突破する学力を買うような日本とは根本的に違うのだ。たったこの程度で、政府が「子供の貧困対策」に力を入れているなど、誰がそんな不謹慎なことが言えるのか。部屋を片付けるときにわずか5センチ四方を片付けた程度で、「いつも清掃を心掛けています」などと言っているとしか思えない。閣議決定した貧困対策大綱など読みたくもない。ご都合主義のことしか書かれていないはず。する気もなく、できもしないことを官僚に書かせて、その場をしのぐのは辞めてほしい。貧困を味わったことすらないような二世議員が上から目線で何を解決しようというのだろうか。貧困の連鎖を容認して、作り上げているのはあなたたちではないのか。「俺さえ良ければそれで良い。俺たちさえ良ければそれで良い」という気持が政策の根底にあることを見抜いている人間も少なからずいる。「口先だけの貧困の連鎖を食い止める施策」など、誰一人も信用できないのではないだろうか。
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2015年09月22日

空虚な日本の社会

 バブル崩壊後の日本の社会とは、いたるところに現れた借金財政、無責任な責任者の態度とそれを許している社会、経済の停滞、精神の空白と無気力、教育の空洞化などである。これらは空虚な社会と表現されよう。もし日本国の再生がならず、このまま衰退を続ければ、世界の歴史には、かつてアジアに栄えた、ユニークな文化を持った日本国が存在したが、戦後の教育を誤ったために衰退して、かつての日本国をしのぶような国は いまや世界のどこにも無い と記録される時代を迎えるだろう。
 何と、国、地方合わせて1000兆円を越える借金を抱えても、政治家もマスコミも危機感が足りないと言えよう。国防の最高責任者が接待漬けで、大臣がどこの国の国防大臣か分からないような発言をしていたのである。町まちはシャッター通りと称されて、衰退を続け、農村も荒廃を続け、若者は派遣社員として不安定な状況に追い込まれている。教育はただ勉強して良い大学に入る事を考えればよいという 受験勉強に退化したり、無気力に陥ったりしていて、本来の教育の理念さえ失っている時代とも言える。これらは氷山の一角で、象徴的な状況と言えよう。そこに現れた社会とは、中身の薄い空虚な社会である。評価といって評価を考えようとすれば、よくやっているように見せかける為の書類作りや講演会などのセレモニーである。パンフレットや報告書が 社会にあふれた時代とも言えるだろう。評価されるべき元のもの、本務に取り組む時間と資金をそのために浪費しているような状況がいたるところに現れた、奇妙な時代を迎えていると言える。公務員はいわゆる親方日の丸で 税金がひとりでに入ってくるように感じている風潮で、貴重な税金といった考えが足りないと言えるだろう。
 これでは、約5兆円もの防衛費をかけていても、日本国は外国軍の侵略を受ける前に、自滅、衰退してしまう状況ではないでしょうか。橋本大阪府知事のように、地方を、国を立て直す気迫ある若者たちの立ち上がりと国民的な奮起を期待したい。
 それには先ず大きなマイナスの仕事を減らし、公務員の財政意識を高め、綱紀を引き締め、公僕たる精神を初心として、国、地方の建て直しに取り掛かるように要請したい。危機意識を国民が共有して立ち上がる必要があると考えます。国、地方の豊かさはすべての基礎になるものであるから、おのおのの立場で、地域ごと経済再建にも努力して行きたい。教育問題にも抜本的な取り組みと検討が加えられなければならない。教育界も無気力、無責任な状態と言えよう。教育にも何か魂を入れる必要があるのと考える。江戸時代の幕末や明治政府には しっかりしないと外国の侵略を受けてしまうという危機感と連帯感があったと考える。今しっかりしないと 国が衰退してしまうという危機感と連帯感をもって国民が立ち上がるべきときである。
 それらを展開する基本は 有能な人材を要所に配して、各級の人事を大幅に刷新することである。活力ある人材によって沈滞した社会を再生させる必要があると考えます。
 国家は 大戦や地震など災害によって滅ぶことがあるが、多くの場合には、戦後50年を越えて内部から衰退するものである、という世界の歴史を想起したい。
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2015年09月21日

子供の貧困率 過去最高に

 厚生労働省によると、貧困状態にある17歳以下の子供の割合を示した「子どもの貧困率」は、平成24年の時点の推計で16.3%と子どもの6人に1人に上り、調査を始めた昭和60年以降最も高くなっている。その背景には離婚などによって1人親世帯が増えていることが指摘される。
 1人親世帯のおよそ9割は母子世帯で、大半が非正規で働き、年収の平均は180万円ほどと一般世帯の3割程度にとどまっている。母子世帯などのひとり親世帯の貧困率は54.6%でそのほかのすべての世帯の平均の4倍以上に上っているほか、子供の大学などへの進学率も41.6%と全世帯の平均よりも30ポイント近く低い。
 このため、厚生労働省は来年度、1人親の就労を支援する専門の相談員を全国に配置したり、塾に通えない子供たちへの学習支援などの対策を強化する方針という。このほか、専門家や支援団体から現金を給付するなどの直接的な支援を強化すべきだという指摘が出ていることから、厚生労働省は児童扶養手当の拡充を検討しているという。
 どうなることやら…。
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2015年09月20日

生活保護受給者増大の背景と問題点

生活保護受給者増大の背景には、生活保護制度そのものの問題点だけではなく、生活保護を取り巻く周辺の制度との関係の中で、いくつかの要因が存在する。
生活保護受給者増大の背景を考える上での足掛かりとして、まずは受給者の構成について確認すると、受給者の半数近くが高齢者世帯である。ではなぜ、高齢者世帯の受給者が多いのか。それは不十分な年金制度が関係していると言える。日本年金機構HPによると、老齢基礎年金を満期の40年間納めた場合の受け取れる金額は、平成24年度で年額786,500円、月額では約66,000円である。これには住宅費や医療費、介護費などは加味されていないので、最低生活保障が困難になっている。そもそも年金制度自体の趣旨が老後の生活すべてを賄うようには設計されておらず、あくまで食費を中心とした老後の生活の「基礎部分」を賄うものと考えられている。
したがって、年金とは、かつての所得の一部を支給することを目的としているので、最低限の生活を保障するものではない。このように年金制度が最低限の生活を保障するものではないために、今まで働いてきた分の貯蓄が十分でない高齢者が退職した後に最低限の生活ができずに生活保護へ流れるという構図ができている。
 年金との関連で言うと、近年の国民年金の納付率の低下も重要だ。要因としては年金制度に対する不信や、そもそも保険料が支払えないワーキングプアの増大が考えられる。国民年金の納付率が低下するということは、年金の受給できる額が減額、または無年金という状況も考えられる。こうした状況の人々が増えれば、生活保護受給者が増大するのは必然と言える。以上が受給者増大要因の1つである。
 次に検討するのが、雇用と生活保護受給者増大の関連である。不安定な非正規労働者の拡大も、生活保護受給者を増大させる要因となっている。かつての日本においては、日本型雇用と呼ばれる終身雇用が第一のセーフティネットの役割を果たしていたが、近年の非正規労働者の増大によって、終身雇用というネットはもろくなっている。こうしてもろくなった雇用からこぼれた人を受け止める失業給付も受けられる人が減っているのが現状だ。
 具体的にみていく。雇用と関連する生活保護受給者増大の背景としては、経済の低迷に伴う失業者の増加がある。国立社会保障・人口問題研究所によると、2008年以降「その他の世帯」が増大している。「その他の世帯」とは、働きながら生活保護を受けている母子世帯を除いた世帯がそれに当たる。すなわち働く能力のある失業者が生活保護受給者になったことを示す。1年以上の長期失業者が増大しているにもかかわらず、失業給付の期間は原則として最長で330日なので、失業給付からこぼれて生活保護を受けるという形になっている。以上のように、非正規労働者が増大することによって雇用というセーフティネットからこぼれる人が増えたこと、雇用のセーフティネットからこぼれた人を支える失業給付が貧弱であるというダブルパンチによって、生活保護を増大させていることが言える。
 次に検討するのが貧困や教育、学歴の関連である。貧困や教育、学歴は密接に関連している。週刊ダイヤモンドに掲載されている大阪府堺市健康福祉局理事の調査によると、生活保護家庭の4分の1は世襲である。具体的に見てみると、全体のうち、過去に育った家庭も受給世帯の割合は25.1%で、母子家庭に至っては40.6%である。また、全体のうち世帯主が中学卒の割合は58.2%である。
別のデータもある。これも同じ週刊ダイヤモンドに掲載されているもので、父の学歴によって子の収入も変わることを示している。具体的に見ると、父が大卒の場合の子の収入は、年収650万円以上が5割弱を占め、年収300万円未満は2割弱にとどまる。一方で父が中卒の場合の子の収入は、年収650万円以上は3割弱に過ぎず、年収300万円未満は2割強である。また、就学援助率と学力の関係を表すデータもあり、就学援助率が高い地域では学力調査の平均点が低いという結果が出ている。これらがいわゆる貧困の連鎖だ。
では、貧困の連鎖を断ち切るための有効な手段とは何か。それは前述した父の学歴と子の収入のデータから見れば、学歴であると言える。
 ところが、日本の場合は教育費が非常に高いため、経済力の差によって教育機会の不平等が生じてしまっている。OECDが公表している『図表でみる教育 OECDインディケータ』によると、日本の教育支出を占める私費負担の割合は、学校教育段階全てにおいてOECD平均を上回っている。ここでは高等教育(大学)について具体的に見てみる。日本では、私費負担全体で66.7%、そのうち家計負担は50.7%である。データの中で最も負担が低かった国のフランスを見てみると、私費負担全体で18.3%、そのうち家計負担は9.6%である。授業料で比較すると更にわかりやすい。『週刊エコノミスト 大学生の授業料・奨学金に関する国際比較』によると、フランスの国立大学の授業料は年間1.8万円。一方の日本の国立大学は年間53.6万円、これに加えて入学金28万円を支払う。このように、日本の教育費、特に高等教育費が非常に高いために大学進学がかなわず、家庭の経済力の差によって教育機会が不平等となることで子供の将来格差も生み出す貧困の連鎖が確立されてしまっている。こうした状況は、生活保護受給者の増大要因というよりは、世代を超えて生活保護受給者が再生産され、貧困から抜け出すことが困難であるという点で問題を認識すべきである。
 この他にも生活保護費の約半分が医療費であること、日本の生活保護における扶養義務の範囲の広さなど、検討したいことは多くある。また別の機会に検討できたらと思う。
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2015年09月18日

生活保護はどうなっていくのか?

 生活保護を受給する人は、一般的に経済的な弱者であるとともに、情報弱者でもある。例えば、ホームレスの人が生活保護を受給しに行ったら、「ホームレスは生活保護の受給資格がない」と追い返されるケースがある。ほとんどの人は、その説明に納得はしないものの渋々受け入れて帰ってしまう。ただし、ホームレスが生活保護を受けられないなどということはないのだ。インターネットを見ればそんな情報はたくさんある。しかし、生活保護を現実的に考ええている人は、多くがネットが身近にない。つまり、何かを調べるときに、1番便利なツールが使えない。実際、生活保護に詳しくなるのはほとんどがネットからの情報をもとにしているはずだ。ネットがないと生活保護についての情報が入ってこないことになる。だから、違うモノを違うと言えないことになってしまう。そこに付け込んで、嘘で突き通そうとする職員が少なからずいる。
 情報の非対称性も問題なのだが、1番の問題は不正に申請を受け付けなかったり、保護を与えなかったりする現状に対する、受給しようとする側の対応の問題もある。端的に言ってしまうと、彼らはなめられている。いじめっ子がいじめをしていて、何の抵抗もしていないから余計に酷くなる状況と一緒ではないか。不正に受給を拒否された場合、受給者は何をするか―何もしないで悩みこむケースが多いようだ。中には味方をつけられて、申請に行くと申請が受理されるケースもあるようだが、これも先生を味方に付けて、いじめっ子を叱り付けると、いじめっ子がいきなり大人しくなるケースと酷似しているように思う。つまり、このいじめの構造は、受給を希望するものが変わらないと、現実的には変わらない可能性が高い。つまり、抵抗しないともはや国や自治体すら敵であり、頼れるものじゃないのだ。抵抗というのは、受給を希望する者自身が、知識をつけるということだし、頼れる人を探すというのも抵抗になる。
 数日前まで朝日新聞をとっていた人はお分かりかもしれないが、実は「いじめはどうやったらなくせるのか」というような連載のコラムをやっていたらしい。読む気はなかった。それはいじめはなくなるはずがないと思っているからだ。国ぐるみでいじめをしている現状で、どうやって生徒や児童らのいじめをなくせるのか。別の言い方をすると、国が率先して弱者をいじめている現状で、学校のいじめが悪いなどと言えるのか。国は少なくとも、学校で起きているいじめを肯定しないかもしれない。しかし、自身が国民をいじめている現状はきちんとある。いじめはなくならない。
 生活保護の問題は、そもそも税金の使い方の問題や所得の再分配の問題であって、希望者全員に受給が可能かどうかはともかくとしても、やり方次第で改善の余地はある。現状2割しか受給できていないので、そもそも200万人以上受給している現状を踏まえれば、単純に5倍受給資格を持っている人がいる。つまり、1000万人を越える。1億2000万人のうちの1000万人は最低限の生活ができていないという現状があるのである。これは完全に国の失敗なのだ。所得の再分配が不完全だからこそ、1000万人以上の生活困窮者が生まれる。にもかかわらず、国がやるのは支給金額の切り下げなど、さらに生活困窮者を苦しめるやり方ばかり。これに関しては全国各地で裁判も起きている。
 日本人は大人しいからそんなことはないと思っているかもしれないが、いずれ暴動や犯罪が起きても不思議じゃない。だからこそ、その被害に遭う人が出ないように、それが起きる前に警告をしているのである。いつくるか―それは分からない。まずは受給希望者が、いろいろな意味で強くならないといけない。そうしないと、いじめられ続ける現状は一向に変わらない。生活保護受給者はお金に困っているのだから、彼らは与えられたお金を間違いなく使う。だから、景気刺激策としても有効という意見すらある。ただ、国民や国はもはや感情論から反対するだろう。だって、パチンコに使われるだけで反対する。パチンコは認めない。感情論にすぎないが…。
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2015年09月17日

戦後の生活保護法立法過程におけるGHQの関与

 戦前は恤救規則を経て1929年に救護法が制定され、そして日中戦争、第二次世界大戦が進むにつれて軍事態勢に沿う各救護法制定へと変遷していった。恤救規則では国の扶助義務はなかったが、救護法では不十分ながらも国の扶助が義務付けられた。しかし、保護の対象は恤救規則とほとんど変わらず、国民の側から救護法を請求すること、つまり権利としては認められていなかった。
 戦後、日本は深刻な食糧不足、失業に見舞われたが、政府は何の手立てもとろうとしなかった。そこで当時日本を占領していたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は日本政府に国民の救済に関する指令を出す。重い腰を上げた日本政府は、1946年に生活保護法(以下、旧生活保護法という)を制定、施行した。旧生活保護法は国の扶助義務を認めていたが、国民が生活保護を請求する権利は認めていなかった。また、対象者を日本に在住する者としたが欠格条項があり、働ける能力があるのに働こうとしない者、つまり稼働能力のある者は保護の対象から除外した。
 1947年、日本国憲法が施行され、憲法第25条によって、国民は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を有することになったが、旧生活保護法が依然として戦前の内容を引きずったものであったことから、「慈恵的な旧生活保護法の性格が、新憲法第25条の解釈を規定するという逆転した関係」になってしまった。
 1948年、GHQから提出された、米国社会保障制度調査団報告書「社会保障制度への勧告」を受け、日本政府は同年社会保障制度審議会法を制定、1949年社会保障制度審議会が開催された。そして同年9月「生活保護制度の改善強化に関する勧告」を日本政府に提出した。さまざまなことが勧告されたのだが、特に@他の社会保障制度にも影響を及ぼす制度であることから、憲法25条に掲げる生活内容を保障する生活保護基準とすること、A他によるすべもない者すべてに生活保護を請求する権利を認めること等、現行憲法の内容に沿った法律内容とすることが盛り込まれた。そして、厚生省で旧生活保護法全体の見直しが行われ、国会で審議され、審議を経て、旧生活保護法が改正され、現行生活保護法(以下、新生活保護法という)となった。
 新生活保護法には、日本国憲法第25条に基づき、保護を申請する権利、不服がある場合は最終的には裁判を起こすことができる権利、どのような理由であっても、たとえ働く能力があっても生活に困窮していれば生活保護を利用することができることなど明記された。
 しかし、日本国憲法が制定され、国民主権となり、健康で文化的な最低限度の生活を有する権利が明記されても、法律を作った者の意識は戦前の価値観から完全に抜け出したわけではなかった。そういう意味では、法律の中に矛盾をはらみ、後に発せられる法律を基にした通達の中にも矛盾をはらみ、それを運用する者の中にも矛盾をはらんでいたといえる。それらが今日において、さまざまな問題として現れてきているのである。
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2015年09月16日

世代別の貧困者支援対策が重要

 世代によって必要な政策が分かれてくる。まず子供向けでは特に母子世帯向けの所得保障と就業支援が重要である。また貧困世帯児童向けの教育費用の支援も重要になる。若年・現役者向けには、非正規労働者への支援が重要である。非正規労働者は、国民年金や国民健康保険に加入するケースが多いが、これらの保険料は定額負担の性格が強く、低所得者ほど逆進性が高く、未納率の原因になっている。
 したがって、当面必要な所得再分配政策は、非正規労働者にも正規労働者と同じ社会保険(厚生年金、健康保険)を適用し、将来の生活展望や医療アクセスを保障する、非正規労働者でも将来展望を持って家族を形成できるように、住宅手当、児童手当の加算、子供に対する奨学金を充実させることである。低所得高齢者には、基礎年金制度を補う最低所得保障制度の導入、医療・介護費の保険料、窓口負担の軽減が重要になる。
 さらに全世帯に共通して生活困窮者の生活支援も重要である。就職の失敗や離職に伴う長期無業となり、引きこもるもの、多重債務を抱えるものも増えているが、現在、これに対する支援政策は存在しない。これらの問題は、現金給付だけでは対応できないので、就労支援、生活相談、金銭管理支援などさまざまな生活支援政策を行う必要がある。2015年4月からスタートした生活困窮者支援制度は、このような多様な生活困窮者の生活を包括して支援するまったく新しい仕組みで、その成否に大きな期待がかかっているのだが…。
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2015年09月15日

一人親世帯の貧困率は50%で世界トップクラス

 子供の格差・貧困は、大人の貧困率の上昇とともに上昇傾向にある。日本の子供の貧困率は16%であり、先進国でも上位にある。また特に一人親世帯の貧困率は50%であり、先進国でもトップクラスになっている。こうした貧困が子供に与える影響については、教育水準、健康面で明らかにされている。
 教育面については、親の所得階層によって基礎科目の成績で差がでていることや、大学などのへ進学率に差がでていることにより、所得格差と学力、進学機会の格差の関係が明らかになっている。またさまざまなデータが子供の貧困と貧困の世代間連鎖を明らかにしている。たとえば、少年院における貧困世帯の出身者の率の高さ、生活保護受給世帯出身の子供が成人後、自らも生活保護受給になる確率が高いこと、養護施設出身の子供が成人後に生活保護を受ける割合も高いことなどが明らかにされている。
90年代半ばから非正規雇用が拡大し、特に不本意ながら非正規労働者にならざるを得ないという若い世代の増加は、格差・貧困率の上昇、未婚率の上昇の重要な原因になっている。また学校、進学、就職・転職の失敗などをきっかけとする若い世代の引きこもりの増加が大きな問題になっている。
 高齢者の格差・貧困の主要因は、低い年金や無年金である。被用者は厚生年金、非被用者(自営業、無職、非正規労働者)は国民年金と加入する年金が分立している日本では、国民年金(基礎年金)のみの高齢者は850万人程度おり、その平均年金額 (月額) は5.5万円であり、生活扶助基準を大きく下回る。また2015年度から初めてスタートするマクロ経済スライドによって、基礎年金の実質水準は今後30年間にわたり約30%程度低下するとされている。今後の高齢者数の増大も考慮すると、膨大な貧困高齢者が発生することは確実であろう。
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2015年09月14日

相対貧困率と生活扶助基準ライン

 所得分布が格差の大きさを示すのとは別に、貧困の程度を示すものとしては相対貧困率がある。正確には相対貧困水準とは「世帯人数を調整したうえでの中位の所得の半分の所得を「相対貧困ライン」と設定し、その相対貧困ライン以下の人の割合と定義される。
もう1つの貧困ラインとしては、生活保護制度の定める最低所得水準(以下、生活扶助基準の貧困ラインとする)によるものがある。生活扶助基準からみた貧困ラインは、世帯を構成する家族の年齢や居住地によって異なるので、単に人数調整した相対貧困ラインとは単純比較できない。
 しかし、相対貧困ラインからみて貧困世帯とみなされる低所得世帯と生活扶助基準ラインからみて貧困世帯とみなされる世帯は86%重なっていることが確認できている。したがって、相対貧困率の動向は、生活扶助基準以下の貧困率と類似した動きを示すことになる。相対貧困率は、全体としては上昇傾向にあり、特に若年世代の貧困率が大きく上昇している。一般に、貧困率の上昇は、収入が少ない高齢者数が増加したためであるという指摘もあるが、決して人口要因だけではないのである。
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2015年09月13日

所得分布からみる格差の拡大―所得上位5%の占有率が急上昇

 格差・貧困の動向を見るためにはいくつかの指標を組み合わせてみる必要がある。
 まず所得の中位値と平均値である。厚生労働省の2013年「国民生活基礎調査」によると、2012年の平均世帯所得は537万円であるが、中位の世帯所得(所得を低いものから高いものへと順に並べて2等分する境界値)は432万円である。中位値より平均の方がかなり高めにでる原因は、高所得世帯の所得が平均を押し上げているからである。そこで中位値の世帯所得の動向に着目すると、世帯人数が減少していることや人口の高齢化が進んだことをも考慮しないといけないものの、1995年は550万円、2000年は500万円、2005年は458万円、2012年432万円というように、約20年間で中位値は120万円程度低下している。
 次に2012年の所得分布を見てみよう。全世帯の下位から約2割(19・4%)は世帯収入「0から200万円」にある。中位の世帯所得の半分は216万円であり、これは後ほど触れる相対貧困ラインにも相当するが、それ以下の世帯が20%程度存在することになる。他方、上位から5% (4・8%)が世帯所得「1300万円以上」、同じく上位10%(11・3%)が世帯所得「1000万円以上」の高所得世帯層となっている。したがって、大ざっぱにいうと日本の世帯所得分布は1000万円以上で上位10%、201万円から999万円で中間層70%、200万円以下の低所得者層20%から構成されている。
 さらに高所得層への集中を明確にするためには、高所得層への占有率に注目する必要がある。OECDのデータベースでは、各国の所得上位層が全所得(課税前)の何パーセントを占有しているか公表している。上位5%の所得層の占有率を見ると、日本は90年代に入って急速に上昇しており、米国の約35%、英国の約30%には及ばないものの、25%に接近している。なお、フランスは21%、スウェーデンは17%であり、決して日本が格差や所得の集中度が低い国ではないことがわかる。
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2015年09月12日

成長か分配か―揺れ動く国民の評価

 生活保護受給者数は約220万人となっており、戦後最多の状況が続いている。生活保護を受給している世帯の約4割が高齢者世帯であるが、増加率に着目すると若い世代の生活保護受給者も増加している。
このように貧困問題はより深刻になっているものの、所得再分配か経済成長のいずれを優先すべきなのかという問題は、常に経済政策で大きな論争になり、国民の評価もそのときの社会経済状況で大きく揺れ動いてきた。
 2007年から08年のように生活保護を打ち切られて餓死した高齢者の事件や、リーマンショック後の解雇で仕事と住居を同時に失った人々が日比谷公園に集まり、派遣村が開設されたことなどが報道されると貧困・格差に関心が集まり、再分配政策を支持するようになる。
 しかし、最近のように生活保護受給者が増加し、不正受給などが報道されるようになると、再分配政策への支持は小さくなる。再分配政策を重視した民主党政権とは異なり、自民・公明連立政権は、経済成長重視を鮮明にしている。
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2015年09月11日

国際比較から見た格差の現状―低所得層の大幅所得低下は日本だけ

 トリクルダウン政策は、日本でも2000年代前半に雇用規制緩和などを進めた小泉純一郎政権、それに続く(第1次)安倍晋三内閣でも「上げ潮政策」として採用されているが、それが低所得世帯にどのような結果になったかは十分検証されていない。国際的にも過去20年から30年間で、先進国における格差がどのような状況になっているかは重要なテーマになっている。この点について経済開発協力機構(OECD)の “Divided We Stand: Why Inequality Keeps Rising” (2011年) は、1980年代半ばから2000年代後半の期間における所得上位10%の階層と下位10%の階層の実質所得の変化率について、「世帯規模」と「物価水準」を調整した上で、国別に動向を明らかにしている。
 フランスのように下位の所得の成長率が上位の成長率よりも高い国は例外であり、多くの国で、高所得者の所得の成長率は低所得者の成長率よりもはるかに高く、格差は拡大していることが確認できる。それでも低所得者の実質所得の成長率はわずかでもプラス成長であるが、日本のみ低所得者層の所得は実質所得が年平均マイナス0・5%になっている。日本では、低所得層の所得がより大きく低下していることが確認されたことになる。
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2015年09月10日

なぜ貧乏人同士が足を引っ張り合うのか?

 生活保護受給者の使う金は、もちろんパチンコ依存でパチンコなどに金を使うことがあるだろうが、原則的に国内消費に回るし、暴力団に回る金もあるだろうが、現実にはそう多くないだろう。
 おそらく、そのパチンコ会社がCMを打ちまくっていることもあって、生活保護たたきで死者まで出ているのに、もっとパチンコ産業の脱税を取り締まれという話にはならない。
 毎年2000万円の税金を払っている芸人が、年間130万円ほど親が生活保護を受けていただけでコテンパンに叩かれるのに、おそらくは違法な景品交換をやっているパチンコ屋が40億円も脱税して、国の財産をむしりとっていても、叩かないのが日本のテレビ局であり、週刊誌である。そのほうがはるかに財政も楽になるのに、財務省も脱税には甘く、貧乏人の生活保護には厳しい。
 金持ちをセレブといい、貧乏人同士で足を引っ張る。金持ち天国、貧乏人地獄の国だ。地獄の人間は天国の存在を知らず、蜘蛛の糸で描かれたように、そこを脱出しようとする人の足を思い切り引っ張る。地獄の絵本が子供の教育にいいというので売れているそうだが、親としては、今の日本の世の中そのものが地獄なので、きちんと勉強しないと孫子の代まで這い上がれないと教えておいたほうがいいかもしれない(本当は、今のシステムでは、勉強できないし、してもさほどの効果はないのだが…)。
 あの韓国はパチンコを禁止にし、現役の大統領の兄が逮捕される。テレビ局の数も日本よりはるかに多い。そして、学力も日本より高い。先日、東大のある教授から、東大が、昔は世界で8位とかで嘆いていた(もちろんアジアではトップ)のに、今ではアジアで8位にまで落ちたという話をしていた。受験勉強についての誤解の中に、受験勉強をしていると、お互いの足を引っ張り合いをやるから性格が悪くなるというものがある。私は確かに性格が悪いが、受験生のころは、ましになった時期がある。足を引っ張り合うと逆にパフォーマンスが落ちるが、共同戦線をはって、お互いに教え合ったり、情報を提供し合ったりすると、みんなの成績が上がる。やらないだけだ。システムが足を引っ張ることしか組み込んでいないからである。お互いがライバルだと教え、足の引っ張り合いをやる学校だと実績は出せないものだ。かっては、受験競争が激しかったが、その頃のほうがはるかに東大にも左翼が多く、貧乏人の味方も多かった。湯浅さんが最後の1人ではないかと思うと、とても寂しい。
 要するに日本人同士で足を引っ張り合っていては、韓国や中国に勝てない。韓国が慰安婦や竹島の問題でぐちゃぐちゃ言うのなら、国民が結束して不買運動をすれば、彼らだって失業したくないから、黙るかもしれない。逆に彼らが日本でなんかで売れなくてもほかの国で売れるからとつっぱるかもしれない。でも、このままの日本では、韓国や中国に不買運動をやられたら、失業をおそれて、竹島くらいあげてもいい、尖閣くらいあげてもいいということになりかねない。愛国のために結束すべきだし、金持ちから貧乏人に冨を再配分して、日本の内需を増やしていかないといけない。
 戦前の軍国主義者は、確かにろくなものではなかったが、ナチスもふくめて、戦争が始まる当初は国力を相当なレベルにまで引き上げた。それは、富の再配分を通じてである。貧しい者同士が足を引っ張り合うより、富める者が貧しき者に分け与え、学力を上げて、這い上がりのチャンスを増やしていくしか日本の将来はないはずだ。
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2015年09月09日

生活保護窓口の現状〜福祉事務所との闘い?〜

生活保護申請の窓口は福祉事務所である。福祉事務所の窓口で実際にどんな会話が交わされているのか。それは相談、申請に行ったごく一部の人しか知らない。それはひどく冷たい対応であることが多い。しかしそこは福祉のプロであり、公務員である。冷たいとはいっても程度問題だろう、と淡い期待は寄せる。だが、そんな淡い期待、一縷の温情も期待してはいけない。
 「本当に困った人のための生活保護申請マニュアル」(湯浅誠著 同文館出版)という本が何年か前に出版されている。この本は冒頭で「生活保護の申請受給は、福祉事務所との闘いである」と書く。中を読めばわかるが、闘いの意味は「そういう気持で臨まないとうまく行かない」という程度のものではなく、文字どおり「餓死・病死・凍死するかそれとも保護を勝ち取って生き残るか、生死を賭けた真の闘い」なのである。
 闘いとはもちろん現実の殺し合いではなく、言葉のやりとりによる、いわゆる「冷たい戦争」なのだが、しかし「(一方的に)命を賭けて勝敗を競うゲーム」である。敵は福祉事務所職員である。その過程や手段を問わず「追い返すこと」が敵にとっての勝利である。そして彼らは歴戦の戦士である。 敵に勝たせないこと=言いくるめられて追い返されないこと=申請者の勝利、へとつながる。
 本書には闘いにおける最重要ポイントが次のように示されている。
・敵の武器、手の内、あらゆる攻撃方法を知り、それをかわす技術を身につけること。
・闘いに勝利するためには、己の迷いを断ち、何かをあきらめる心の覚悟が最も大事である。
 まるで真剣勝負の武士の心得そのものではないか。そのほか本書には、闘いに勝利するための心と知識の具体的な準備に関するアドバイスが網羅されている。実践さながらの「戦闘マニュアル」である。保護の申請が戦争であったとは…。
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2015年09月08日

4世代連続も…生活保護受給者増につながる負の連鎖

 1995年に100万人を切っていた生活保護受給者数は、2015年には約220万人にまで増加した。京都府のある自治体の生活保護担当者の1人は、「世間ではアベノミクスの活況といわれるが、景気動向に関係なく生活保護受給申請を行なう人は肌感覚で増えてきている」と話す。
 こうした新規申請者のなかには、生活保護世帯(ケース)の2世、3世、最近では4世まで見受けられるという。前出の生活保護担当者は、「政治家、芸能人、医者……子は親の背中をみて育つ。生活保護世帯にも同じことが言える」と生活保護世帯に“世襲”という実態があることに触れる。
 親子で生活保護が“引き継がれる”スキームは実に単純だ。まずある受給者の親が子供を作ったとしよう。この世帯では子供が多ければ多いほど生活保護費──保護受給者たちの言葉でいう“給料”が増える。その額は大都市では2万円、他都市では低くても1万円だ。生活扶助費という名の“給料”を増やすために子どもを作る。作れば作るほどカネになるからだ。
 その子供たちがやがて成人して独立し、就労して自立すれば問題ない。実際、親が生活保護を受給していても、子供は成人後に自立するパターンのほうが多い。だが一部では、親が受給額を貯蓄にまわす余裕がないゆえに、子供に大学や専門学校はおろか高校教育すら受けさせる経済的余裕がない場合もまた、少なくないのだ。
 今の時代、高校教育すら受けていなければ就労の機会は極めて限られる。結果、就労機会を得られなかった子共たちもまた生活保護受給に頼ろうとする。10代後半や20代前半で子供を生むという連鎖が続いた結果、2世から3世、4世へと短いスパンで受け継がれる。
「生活保護を受給する母子家庭世帯では子沢山の傾向が顕著です。避妊を知らないのか父不在の子供がどんどん増えていく。一般のサラリーマンと違いといえば、生めば生むだけ彼女らにとっては収入が増えるのだからやむを得ないが。どこか思うところはある」(神戸市のある自治体の生活保護担当者)
 京都市、神戸市とみてきたが大阪市では事情はさらに深刻だ。大阪市西成区で生活保護受給費支給日に幾度となく取材したが、受給者の話す言葉には明らかに九州訛りの言葉が目立つ。
 「大阪市では生活保護受給者の約7割が九州出身者といわれている。これは現場にいても肌感覚で感じます。よく大阪市が『生活保護受給率全国ワースト1』とメディアでは騒ぐが、こうした実態はあまり報じられていない」(大阪市生活保護担当者)
 この声を裏付けるかのように、長崎県佐世保市の更生保護施設の職員をしていた男性は、「更生保護施設を出て『大阪市に行く』という者が後を絶たない」と証言する。大阪市の市長部局勤務のある職員は、こうした傾向は何も大阪市が生活保護受給に寛大な措置を取っているのではなく、「大都市ゆえに大勢の人が集まる。その大勢は生活保護受給目的で大阪市にやって来る。地方都市と違いよくも悪しくも生活保護受給を取り巻く環境が整備されていることによる」とその内情を明かす。
 大阪市西成区、天王寺区に蔓延る生活保護受給者を囲い込む「福祉アパート」にみられる低所得者層をターゲットにした、いわゆる「貧困ビジネス」がそれだ。
 今、大阪市では、橋下徹市長の掛け声の下、生活保護受給率を減らそうと躍起だが、「市長もさすがに『九州からの直近の転居者は生活保護受給させない』とはいえない。こうした問題にメディアは焦点を当てて貰いたい」(同)とこれまでの大阪市の生活保護受給率にのみ焦点を絞ったマスコミの報道姿勢に苦言を呈する。
 「それでも生活保護受給の“1世”が他都府県出身でも、2世、3世が大阪市生まれなので“大阪市の話”となってしまう。そこが何とも歯がゆい」(同)
 生活保護世帯の世襲、継続に似た現状とその出身地の傾向、非常にセンシティブな問題だけに大阪市としても、「その時々の市長の方針に沿って淡々と施策を実行する」(同)しかない。
 仮に“大阪都”が実現しても、この問題もまた世襲ならぬ引き継がれることは目に見えている。どこで誰が歯止めをかけるのだろうか。そこが大きな課題である。
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2015年09月07日

生活保護世帯が過去最多、半数近くが高齢者世帯

 生活保護を受けている世帯の数が過去最多を更新した。
厚生労働省によると、生活保護を受給している世帯は、今年6月時点で、前の月と比べて3400世帯余り増え、全国で162万5941世帯となった。これは、統計を取り始めた1951年以来で最も多くなった。
 65歳以上の高齢者世帯が特に増加し、全体の半数近くを占めていて、厚労省は「生活に困窮している単身の高齢者世帯が増加していることが要因の1つではないか」と分析したとしているが、こんなのは分析でも何でもない。
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2015年09月06日

安倍政権による生活保護費削減をヤミ金業者が大歓迎

 国から見捨てられ、反社勢力に食い物にされる低所得者・高齢者は、今後も増えそうだ。衆院選での自民圧勝を誰よりも喜んだのは、暴力団なのかもしれない。大きく日本の舵を切ろうとしている安倍政権。その政策1つで生まれる大きな利権に“反社”と呼ばれる人々が虎視眈々と商機を窺っている。彼ら反社勢力は当選した政治家にも忍び寄る。
 「生活保護費の10%引き下げを掲げる自民党が、その政策を実行に移せば、例えば生活保護費をピンハネする囲い屋ビジネスは事業が拡大しますね。これまで生活保護費でやりくりしていた人たちが立ち行かなくなるわけですから、彼らは囲われるしかなくなる。また、生活保護費がフードクーポン券化したあかつきには、現状で障害者のタクシー券を買い取って個人タクシーの運転手に転売する裏業者がいるのと同様に、クーポンを買い取って小売店へ転売する業者が横行するね。もちろん、そうした低所得者を一番狙っているのが俺たち闇金ですけど」(闇金関係者・U)
 だが、彼らの狙う本丸は高齢者向けの貸し付け。自民党の公約には「不正受給者には厳格に対処します」とあり、「子供が食えている場合の親の生活保護受給を不正とみなす流れに期待」(U)し、高齢者向けの闇金サービス拡大を画策している。
 「さらに、医療費負担の世代格差の是正を掲げる自民党政権は今後、高齢者の窓口負担を増やすわけだから、資金難に陥る人たちが増えるよね。ただ、闇金が貸す相手は高齢者本人ではなく、高齢者を親に持つ子供世代。直接高齢者に貸し付けるには、ちょっとリスクが高すぎるからね」(U)
 低所得層の親が病気になれば、その医療費を支払うのは子供たち。自己負担増となれば、当然繋ぎの資金が必要となる。
 「大きめの融資であれば、ケアハウスなど施設への入所一時金や、月々の家賃を用立てることもあるだろうね。たとえ親に資産があったとしても、子供が相続できるのは親が死んだ後。生きているうちは自力で工面しなければならないから、闇金に需要が生まれる。そこで、リバースモーゲージ(対象高齢者の自宅・その他の資産を担保にした融資)で、利息は払ってもらいつつ、最終的に親の死亡時に、相続した資産を買い取るスタイルも提案する」(同)
 もちろん、最終的に融資額が資産額を大幅に下回っていても、「相続税を払ったらマイナスになるだけ」などと騙し、資産を総取りするのは言うまでもない。あくまでもシナリオは裏社会スタイルだ。
 「社会保障費の削減は、貸金業法改正時と同じくらいのインパクト。闇金が増えるのは確実」(同)
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2015年09月05日

生活保護の基本原理

 生活保護の基本原理 生活保護制度は4つの基本原理で成り立っていると考えられている。
生活保護制度の基本原理の1つ目は、国家責任による最低生活保障の原理。この基本原理は国家責任の原理とも言われ、生活に困窮する国民の最低生活保障を国がその責任において行うことを規定している。
 生活保護制度の基本原理の2つ目は無差別平等の原理。無差別平等の原理は、生活困窮者の信条・社会的身分などにより優先的または差別的な取り扱いを否定している。また、生活困窮に陥った原因による差別も否定している。
生活保護制度の基本原理の3つ目は、健康で文化的な最低生活保障の原理。つまり、国はすべての国民に対して、最低限度の健康で文化的な生活水準を維持することが義務なのである。
生活保護制度の基本原理の4つ目は生活保護の捕足性の原理。生活保護の捕足性の原理とは、民法に定める扶養義務者の扶養および他の法律に定める扶助はすべて生活保護に優先して行われるということを意味している。つまり、生活保護に必要な費用は国民が納めた税金によって賄われているから、生活保護を受けるには各自がその持てる能力に応じて最善の努力をすることが求められている。
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2015年09月02日

具体的な受給資格要件はあるのか?

 生活保護受給の前提条件として働ける人は働くことが求められる。そして、現在、就労していない人は就労の努力をすることが求められ、就労している人はより収入の多い仕事を探す努力が求められる。つまり、働ける状況にある人が働かない場合は、基本的には生活保護の対象にはなり得ないとされる。また、働き方にも一定の基準が求められる。例えば、売れない絵を描き続けることや売れない小説を書き続けることなどの非現実的で収入の得られない仕事は、就労の努力をしているとは解釈されない。つまり、最低生活費も稼げない人が、売れない絵を描き続けることや売れない小説を書き続けることは妥当ではないと解釈されてしまう。したがって、健康で働ける状況にある人は、自分の希望する仕事ではなくともすぐに収入に直結するような仕事に就くことが求められる。これらを前提にした上で以下の受給資格要件を満たさなければならない。
 受給資格要件の1つ目は資産の所有は認められないこと。ここで言う資産とは、不動産・自家用車・預貯金・貯蓄性生命保険・貴金属・宝石・パソコンなどである。つまり、生活保護を受給するには、これらの資産をすべてを生活費に充当しても、なお、生活費が足りない状況でなければならないという考え方なのだ。また、パソコンについては、状況によって所有が認められる場合もある。
 受給資格要件の2つ目は身内の援助の有無。ここで言う身内の援助とは、三親等以内の扶養義務を意味する。つまり、親兄弟子供は相互に扶養の義務がある場合が考えられる。例えば、高齢者の最低生活費が不足する場合は、子供が援助できないかどうかが調べられる。つまり、子供は裕福な暮らしをしている場合に、親が生活保護を申請しても認められない場合があるということだ。また、成人した子供の生活費が足りない場合に、親の生活に余裕がある時は援助できないかどうかが調べられる。しかし、いずれの場合も、未成年の子供の扶養義務を除いて強制することはできない。したがって、親族が援助を拒否した場合は、生活保護が認められる。
 受給資格要件の3つ目は他の制度からの収入の有無。生活保護は言わば最後のセーフティーネット。したがって、生活保護の申請の前に申請できる制度はすべて利用した上で、それでも最低生活費に届かない場合に生活保護の受給が認められる。例えば、高齢者の場合は年金や介護保険を受給しているか否かになる。まれに、貰えるはずの遺族年金などを受給していない場合があるからだ。また、母子家庭の場合は児童扶養手当や児童手当などを受給しているのか、失業中の場合は失業手当の受給が確認される。したがって、これらを受給した上で、それでも最低生活費に届かない場合に生活保護の受給資格要件を満たすとされる。
 以上の通り、生活保護の受給資格を得るには、できることとやるべきことをすべてを行った上でそれでも最低生活費が不足する状態でなければ受給条件をクリアできとされている。そして、生活保護は他の行政サービスとは異なり、適用の条件を満たすためにプライバシーに相当踏み込んだ個人情報をケースワーカーに開示することになる。したがって、被保護者の個人情報に対する、ケースワーカーや行政窓口の適切な取り扱いが求められることになる。
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2015年09月01日

なぜ生活保護から抜け出せないのか?

 なぜ生活保護から抜け出せないのか―それは一にも二にも、日本の企業に問題があるからだ。そして企業と癒着している政府に問題がある。 秋田県にある労働組合が、最低賃金で生活をする実験をしたところ、「生活できない」という結論が出た。 現在の最低賃金では、まともな生活は維持ができないのである。生活保護受給者は「最低限度の生活」をするお金はもらうわけだから、少なくても生活をいじすることができる。そこだ、 何とか生活できている人が、就職して生活できなくなる状況に、飛び込もうとは思わないはずだ。
 大都市ではどうか知らないがが、地方都市で就職すると、会社は最低賃金しか払わない。地元の会社が圧倒的に多く、従業員に交通費は払わない。車の維持費は自分持ち、生活は超苦しい。地方で働く人は誰もが経験済みである。
 今、生保受給者には最低限度の生活費しか与えていないのだから、これ以上下げると生活できなくなる。間違っているのは最低賃金が低すぎることにあるのだから、諸外国並みに、全国一律、イギリスの1500円くらいには上げないといけないはずだ。それでは会社が潰れるというような会社は世の中に必要ない。
 ところが、最低賃金を上げたがらないのが、強欲な日本の企業で、それを応援しているのが政府なのだ。日本の政府というのは、市民革命を起こした人々が作っている政府ではないので、江戸時代の幕府の役人のような感覚の人間ばかりなのだ。国民を人間と思っていない。生活保護受給者を減らして金を節約し、生活できない者を企業に安い賃金で提供しようという戦略なのである。
 アメリカで差別されている黒人は、プエルトルコ人を差別し見下げるという。だから生保受給者を差別するのではなく、本当はどこに生活保護の問題があるのか、冷静に見つめ直すべきなのだ。
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