2015年01月31日

女性(婦人)相談所に一時保護される女性が増加

 生活が困窮し、頼る身内もなく行き場を失って、女性(婦人)相談所の一時保護施設に一時保護される女性が増加している。女性相談所の一時保護施設とは、DVの被害者など保護が必要な女性を一時的に保護する施設で、各都道府県に設置されている。「帰住先なし」の生活困窮を理由とする保護を受ける女性は、昨年度3割を超えた。
 結婚を前提にか、「男は稼ぎ手。女は家(家事・育児・介護)。女性は働いても家計の補助」という固定的な性別役割分担意識が根強く残っている。そのため、女性は育児や介護などで仕事を中断しやすい傾向があり、また、税・年金などの社会保障制度(「配偶者控除」・「第3号被保険者」など)の影響で、年収を抑えた働き方を選択することとなり、パート・アルバイトなどの低収入で不安定な非正規雇用に就きやすい構造がある。
 さらに、若い時期からの働き方の積み重ねの結果として女性の年金水準等は低く、特に高齢期の女性は経済的基盤が弱い(65歳以上の単身女性の貧困率は半数を超えている)。このような背景の中で「結婚して夫が妻子を扶養する」という枠組みを離れてしまうと途端に貧困に陥ってしまうという現実がある。女性非正規職員の正社員化促進や社会保障制度の見直しが急務なのである。約2000万人の非正規雇用者のうち、7割以上は女性が占めている。非正規労働者の正社員化を促進する施策の充実が必要なのだ。
 また、税や年金など社会保障制度の抜本的見直しにより、所得の再分配を行い、貧富の格差を小さくしなければ、日本の暮らしは絶望なのである。現在の税・年金などの社会保障制度では、結婚して夫が稼ぎ、妻は専業主婦(または低年収のパート)である場合、税制面で「配偶者控除」を受けられ、保険料なしで基礎年金を受けられる「第3号被保険者」というメリットがあるのだということを声高に言う(実際のところ、これでは最低の暮らししかできないのである)。これに対し、非正規雇用の単身女性であれば、少ない稼ぎの割に高負担の国民健康保険料や第1号被保険者の年金保険料を支払っている人も少なくないのだ。女性は働いているにもかかわらず貧困というワーキングプアの問題も深刻化している。
雇用対策とともに、ワーキングプアを減らし、手当てを増やすなど所得の再分配について、積極的な対策が急務といえるのだ。自民党政権では望み薄だか…。
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2015年01月30日

働いても働かなくてもシングルマザーの貧困率が変わらないという衝撃

 安倍政権では成長戦略の一環として女性の活用を掲げているが、一方で、働く女性の貧困が大きな社会問題となっている。
 あるテレビ番組をきっかけに、ネット上では働く女性の貧困問題に関する議論が活発になっている。働く女性の貧困問題とは、仕事があるにも関わらず貧困水準の生活しかできない女性が多いというもの。特にシングルマザーにその傾向が顕著といわれる。
 日本が1億総中流であるという幻想を持っている人はさすがに少なくなってきており、日本が先進国の中で突出して貧困率が高いという現実は、多くの人が知るようになってきた。だが、OECDがまとめた子供の貧困に関する調査結果は、さらに衝撃的なものである。
 多くの国で無職の一人親世帯の貧困率は高い水準となっているが、仕事がある一人親世帯の貧困率は一気に低くなる。当たり前のことだが、仕事さえ見つかれば、ほとんどの国では貧困とは無縁な生活を送ることができる。だが、この傾向があてはまらないのが日本である。
 日本における仕事がない一人親世帯の貧困率は50.4%なのだが、仕事がある一人親世帯の貧困率もやはり50.9%とほとんど変わらないのである。これは日本だけに顕著な傾向である。仕事がある一人親世帯のかなりの割合がシングルマザーであると考えられるので、働くシングルマザーで貧困にあえぐ人が多いというのは、統計的に見ても事実ということになる。
 働く女性の貧困が多い原因の1つとして考えられるのが、非正規労働に従事する女性の割合である。女性の就業者のうち、非正規労働に従事する割合は50%を超えている。一方、男性の非正規の割合は20%に過ぎない。つまり非正規労働のほとんどが女性となっているのだ。
 この結果、女性の平均的な月収は23万円と男性の約3分の2にとどまっている。これは全女性の平均値なので、女性の労働者の中には、月収10万円に満たない人が数多く存在すると考えられる。この収入では子供を育てることはおろか、自身の生活を成り立たせることも不可能である。
 もう1つの理由として考えられるのが、生活保護など各種セーフティネットの不備である。日本は生活保護の捕捉率が極めて低く、こうしたシングルマザーの多くは、ほとんどのセーフティネットを受けられない状態にあると考えられる。欧州や米国では、給付を受けられるサービスが多岐にわたっており、幅広い層をカバーしている。
 例えば、シングルマザーで仕事に就いている世帯であれば、生活保護の給付対象にはならなくても、子育て支援費と暖房補助費は給付されるというようなイメージである。
 日本のセーフティネットが硬直的なのは、基本的に家族や親族が生活の面倒を見るということを大前提にしているからである。親族が面倒を見るというのは、物語としては美しいものだが、日本は明治維新以後、伝統的な家族制度を、よい意味でも悪い意味でも徹底的に破壊してきたのが現実だ。また伝統的な家族制度というのは、身分格差があってはじめて維持可能なものであり、近代化や民主化がここまで進んだ状態で、生活困窮者の面倒を親族に負担させるというのは、非合理的である。
 つまり働く女性の貧困問題の背景には、近代化に対して制度や意識が追い付いていないという、日本の社会保障制度特有の問題が横たわっているのだ。女性の貧困が著しいという問題に対しては、早急な対策が必要だが、同時に、日本の社会保障制度のあり方について根本的に問い直す作業が必要だろう。
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2015年01月29日

独身女性の貧困や生活保護が社会問題に!?

 ある調査では独身女性の実に3割強が貧困層という。独身の中でも女性は男性より平均的に年収が低く、低所得者が多いので貧困率が高い。特に問題になっているのが、独身女性の派遣社員・アルバイト・フリーターといった非正規雇用者である。10代・20代の内は基本的に残業のない派遣社員・アルバイトが正社員に比べて時給に換算すると高い給与が支払われているケースも珍しくない。しかし、現実は甘くなく、30代・40代を過ぎると、正社員と非正規雇用者の貧富の格差が明確になっていく。当然、40代・50代になっても収入が少なく、貯金はほぼゼロ円の独身女性は増えている。
 貯蓄なしの状態で、ケガや病気になれば治療費がかかり、保証も何もない。生活保護の受給申請をするしか、生きる道がないというケースも出てくる。数ヵ月仕事をしないだけで、家賃を払う経済力を失ってしまう。3割強が貧困女性なので、3人中1人はお金のなさに苦しんでいる。当然、自分が貧困層から抜け出す方法を考えている独身女性も多いと思うが…。
 一番手っ取り早く、貧困生活から脱出するには、いやなことだが経済力の男性と結婚することである。結婚はまだいいやと思っていると、どんどん歳を取っていく。気が付いたら30代・40代・50代と徐々に男性からの結婚需要が減っていく。できるだけ早い段階で婚活しなければならないという現実がある。ほかにも、資格取得してスキルアップをはかる方法や転職してキャリアアップする方法などがあるが、すべて本人の努力が必要になり、ほとんど成功しない。また、年収が上げることに成功しても、貯金できなければ老後に備えることはできないのだ。そうなると、生活保護を考えざるを得ないのだが、窓口規制―つまり水際作戦という壁が立ちふさがるのだ。酷い世の中だと嘆くしかないのか。日本は決していい国だとは言えないのだ。
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2015年01月28日

蛇口をひねれば水が出るのに、蛇口をひねらない

 20歳を超えた女性は非常に困難な立場にある。どんなに一生懸命に頑張っても非正規労働という雇用から逃れられない。これは女性が一番よく知っている。
 では、女性たちは「選挙」に行っているのだろうか。「女性の今の状況を何とかしましょう」と言う政治家を当選させるために、少しでも動いているだろうか。追い込まれたシングルマザーは、果たして選挙に行って世の中を少しでも変えようとしただろうか。そもそも、女性は自分たちの意見を代弁してくれる政治家を見つけて、選挙に行ってこういった政治家を当選させようとしたことがあるだろうか。女性は選挙に行って、世の中を変えようと考えたことがあるのだろうか。
 女性団体は、選挙に行った方がいいという啓蒙をしているのだろうか。女性は、ほぼ何もしていない。日本女性は、やらなければならないことをしていないで追い込まれている。選挙も行かないで、世の中が何もしてくれないと嘆いている。
 蛇口をひねれば水が出るのに、蛇口をひねらないで脱水症状に苦しんでいる人と同じだ。選挙に行くという基本中の基本すらもしないから、社会から放置される。女性が選挙に来ないから、政治家も票にならない女性の権利を放置する。日本の女性がここまで追い込まれているのは、日本の女性がまったく政治に関わらないからだ。
 働く女性は2770万人いるが、この女性のすべてが女性の今の状況を何とかしろと政治家に突き上げれば、託児所の問題から女性の雇用の問題まで、たちどころに解決する可能性が高い。
 しかし、女性は動かない。そして、追い込まれ、困窮し、絶望している。日本の女性は自分たちが選挙権を持っているということが見えていないのだ。
 もしかしたら、日本社会は女性を安く使い捨てるために、わざと女性に選挙権の持つ意味を教えていないのかもしれない。しかし、女性はいい加減に、目覚めなければならない。自分たちの生活をきちんと守ってもらえるように、そして安心して子供たちを育てる環境をつくってもらえるように、「選挙に行く」という重大な行為の意味を考える必要がある。それが、自分たちを守る小さな一歩となる。
 別に難しい話はしていない。とても簡単でシンプルな話だ。女性の権利を向上させるという政治家がいたら、その政治家に一票を入れればいい。女性がみんな選挙に行くと分かったら、政治家は女性票を取り込むために、こぞって女性の生活向上を公約に掲げる。女性が動かないのなら、政治家も動かない。このまま女性が「選挙権がある」ということに気付かないまま生きているとすれば、もう絶望的だ。世の中が女性のために変わるはずがない。いつまでも、悪い条件に突き落とされたままで終わる。
 女性が安心して子供たちを育てられるというのは、子供たちのためにもなる。つまり、女性が選挙に行くというのは、子供たちの未来を作るということでもある。子供たちを守りたいと思うのであれば、選挙に無関心であってはならないのだ。政治に無関心であり続けること自体が、子供たちの未来を考えていないということになる。
 働く女性が自分たちのための政治家を選ぼうと全員が動き始めたら、その一票はとてつもなく重いものになる。選挙も行かないで苦しむのは、もう止めた方がいい。女性同士で声を掛け合って、自分たちのために選挙に行けば、そこから社会は変わっていく。それができなければ、女性はもっと追い込まれる。もう我慢の限界だと思うのならば、選挙に行って政治を動かすパワーを身につけた方がいい。自分たちのためにも、子供たちの未来のためにも、日本の未来のためにも、そうして欲しい。
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2015年01月27日

子供を作るどころではなくなってしまった日本女性

 不安定な雇用の中にある人たちが、その不安定さから逃れるために絶対的に必要なのは、貯金だ。何が何でも金を貯めなければならない。
 ところが、必死で働いても月10万円も満たなければ、そのほとんどすべてが生活費に消えていく。赤字に追い込まれることすらもある。一番、貯金をしなければならない女性が、一番貯金ができないのである。乳幼児を抱えたシングルマザーともなれば、貯金があっても食いつぶしてなくなってしまう。
 多くの女性は、そういった状況に陥った仲間を実際に見ている。そして、自分がそうなったときのことを考えて震え上がっている。これでは子供を作るどころではなくなってしまう。日本で少子化が止まらないのは、ようするに日本は女性を追い詰める冷酷な社会であるのが理由の1とつとしてある。
 子供が増えない、むしろ減っていくという流れが延々と続けば、どうなるのか。次世代を担う子供たちがいなくなり、活力が消え、日本社会そのものが立ち枯れしてしまう。気がついたときには、もう日本という民族は老齢化するばかりで手遅れになってしまうのだ。
 今の追い込まれた女性たちを放置するのは、日本の未来を閉ざすのと同じなのだが、多くの日本人、特に男たちはまったくそれが分かっていない。女性自身も萎縮したまま現状に追い込まれて「どうしたらいいのか分からない」と途方に暮れている。日本の女性はなぜここまで追い込まれ、しかもいまだに社会から支援が受けられないまま放置されているのか。社会が悪いというのもあるが、実は女性にも責任がある。
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2015年01月26日

追い詰められていくのは「若年女性」だ!

 これからの日本で、どんどん追い詰められていくのは「若年女性」である。分かりやすく言えば、10代から20代の女性が、今の日本の社会で追い込まれようとしている。
 日本では働く女性が全国で2770万人いるが、このうちの57.5%は非正規雇用である。つまり、60%近い女性が不安定な身分のまま働かざるを得ない状況になっている。そして、その中でも若い女性の3分の1に当たる約110万人が、年収114万円未満の貧困層から這い上がれない。
 もっと悲惨なのはシングルマザーだ。シングルマザーとなった女性の80%は貧困に転がり落ち、ギリギリのところで生きるしかない状況に陥っている。母子家庭が追い込まれるというのは、実は日本だけの現象ではない。世界中の多くで売春女性がシングルマザーであるのを見ても分かる通り、子供を抱えた女性は育児と仕事の両立が難しく、どうしても生活困窮に追い込まれるしかないのである。乳幼児を預かってくれる託児所は少なく、預けられたとしても母親は残業もできない。子供が病気になれば会社は休むしかない。シングルマザーが仕事に打ち込めないという事情は分かっているので、企業側もそういった女性を敬遠する。本来は両親や夫の庇護があってしかるべき女性が、たった1人で困難に落とされる。だから、追い込まれた女性は時給600円や700円程度のパートをしながら極貧の生活を余儀なくされるか、場合によっては売春ビジネスに堕ちていく。
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2015年01月25日

あすはわが身…単身女性3人に1人が「貧困状態」

 単身で暮らす女性の3人に1人が「貧困状態」−。こうした調査結果が注目され、「女性の貧困」にスポットを当てた書籍が昨年来相次いで刊行されている。労働市場で女性の活用が叫ばれる一方、社会から見えない場所で苦しむ女性は少なくない。貧困は女性だけの問題ではないが、実態が見えにくい分、議論や支援が遅れている現状がある。
 国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩部長が平成25年国民生活基礎調査を基に分析したところ、所得格差を示す相対的貧困率は、20〜64歳の1人暮らしの女性で33・3%。男女別にみると40代以降で格差は広がり、70代の1人暮らしの女性では46・3%が貧困。女性の苦境が際立っている。
 阿部部長は「日本で貧困問題が注目されるきっかけになった平成20年末の『年越し派遣村』にいたのはほとんどが男性。女性はホームレスになる前に、性産業などに取り込まれてしまうので、貧困問題は従来ほとんど議論されてこなかった」と指摘する。
 こうしたなかで昨年9月に刊行された鈴木大介さんのルポ『最貧困女子』(幻冬舎新書)は、出会い系サイトで売春して子供2人を育てるシングルマザーや、性産業の底辺で生きる知的障害の女性たちの悲惨な実態を描く。「セックスワークをすれば困窮状態は一時的に緩和されるが、その時点で公的支援や分析の対象からこぼれる。貧困が自己完結して表に出ず、不可視化されてしまうんです」
 ルポライターの鈴木さんは犯罪現場の貧困をテーマに、裏社会や触法少年少女らを取材し、『援デリの少女たち』(宝島社)、『出会い系のシングルマザーたち』(朝日新聞出版)などを刊行。社会の裏側や底辺を歩くなか、危険な性風俗や売春で生き、差別の対象とさえなっている「最貧困女子」に出会ったという。「いまの日本は階層社会になり、別の階層にどれほど悲惨な現実があっても人ごとのように感じてしまう。中間層が最底辺層の存在を認識することが、彼女たちの『見える化』や支援につながると思う」と鈴木さんは言う。
 一方、『失職女子。私がリストラされてから、生活保護を受給するまで』(WAVE出版)は、職を失い、100社近く不採用になった後、生活保護を申請した大和彩さんが、一連の出来事を詳細につづった記録だ。生活保護を申請する直前の一昨年4月、「鬱気味で眠れず、昨日の出来事も思い出せなくなって、備忘録的に始めた」というブログに加筆したもので、ハローワークや役所の福祉課などでの実際のやり取りが、自身の心境とともに詳しく語られている。
 ブログの読者だったという担当編集者の三浦ゆえさんは「日々生きづらさを抱えている女性は今も多い。『今これを読んで、人ごとだと思える人がどれだけいるだろう』と思い、本にしたいと考えた」と説明する。
 「円安や物価高、消費増税で家計は苦しい。手取り月収10万円台の“貧困予備軍”の女性は多く、貧困層に落ちてしまうケースも増えていると感じます」。こう話すのは、『「貧困女子」時代をかしこく生きる6つのレッスン』(KADOKAWA)の著者で、ファイナンシャルプランナーの花輪陽子さん。同書では派遣切りに遭ったOLを主人公に、節約術をはじめ救済制度や保険などが漫画でわかりやすく紹介されている。
 『失職女子。』の大和さんは「仕事も家庭もあって私から見れば満たされている読者から『あすはわが身』という反響が多かった」。就労や家庭のあり方が多様化した現在、単身女性だけではなく、貧困は誰にでも起こりえる問題だといえるだろう。
 国立社会保障・人口問題研究所の阿部部長は「日本では女性が1人で生きることへの反感が強いが、家族のかたちは変わっている。労働環境の改善がまず必要だが、多くの人が女性の貧困問題を認識することは大切だ」と話している。
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2015年01月24日

生保の課題は本当に『不正受給』なのか?

 統計を参照すると、生活保護世帯の約80%が高齢者・障碍者世帯であることと関係して、生活保護費の50%以上を医療扶助が占めている現状。医療関係者は他の職種と比べてそれだけ生活保護受給者との接点が多いと言える。医療扶助を受けるには受給者であることを明示しなければならないので、医療関係者はそれを認識したうえで患者として対応することになり、それが一種のバイアスとして働くことは考えられる。つまり医療関係者は、機会の集中によって問題のある受給者と接する確率も他の職種より増大し、それが社会全体の趨勢として見えてしまう、というバイアスに常にさらされていると言える。
 しかし、生活保護受給者も聖人君子ならぬ普通の人間だし、ことに高齢受給者は他に生活手段を持つ当てもない人々の権利を公費で保障しているだけなで、非受給者と何ら変わりのない対等の存在である。そういう観点で努めて理性的かつ公平に見ることで、生保受給者に対する偏見は大幅に低減されるのではないか。
 では生活保護制度が抱える最も大きな問題とは何かと言えば、それは捕捉率の貧弱さである。生活保護受給資格に適合する生活困難者がどの程度実際に受給できているかの割合を示すのが捕捉率だが、政府による正式の統計はないものの、一説によれば20〜30%とも言われている。これは先進国中では最低レベルで、たとえばイギリスやドイツでは90%弱の捕捉率だから、ほぼ必要とするすべての人々に公的扶助が行き渡っていることになる。
 生活保護制度とは憲法に保障された生存権に由来し、すべての国民が享受し得る最低限の文化的生活を保障したものだから、本来は現実的に可能な限りすべての人々がそれを享受する権利がある。その意味で生活保護の捕捉率が20〜30%程度というのは、先進国としてお話にならないレベルの政治の不作為だと言わざるを得ない。
 しかし、単純計算してみても、現在3兆4000億円の予算で多めに見積もっても全体の30%にしか行き渡っていないのだから、本来は10兆円以上の予算が必要だということになり、こんなに巨額の社会保障費をどこから捻出するのか、という問題が出てくる。では、生活保護制度の本質的な問題点は財源の捻出なのか。それだけの巨額の支出を支える財源はどこにもないのか。
 安倍自民党がこれから推進するインフレターゲット政策では、貨幣の流通量を増やし2%程度のマイルドインフレを誘導する目的で公債が発行されるのであって、「赤字だから借金をする」という意味で公債を発行するわけではない。潜在的な経済力に見合うだけの量の貨幣を市場に供給することが最大の目的である。
 そのためには、公債と引き替えに政府が日銀から得た大量の貨幣を、国民の経済に下ろしていく必要がある。インフレターゲット政策で経済を活性化するなら、それで増えたお金の国民への再分配が鍵になる。その再分配の文脈では「本来必要なのに財源の逼迫によって緊縮した支出」を優先的に回復するのはきわめて当然の筋道だと言える。
 そして、これまで見てきた通り、生活保護制度は国家が設けたセーフティネットの最後の砦だから、さしたる合理的根拠もなく切り詰めるべきものではない。ましてや、生活保護の最大の問題点は、不正受給による支出の増大どころか捕捉率の低さによる供給不足なのだから、生活保護費は増大こそすれ、これ以上絞っていくべき合理的な理由はない。
 一方で、自民党の公約ではいまだに生活保護費の「国費ベースで8000億円削減」を謳っているが、景気回復を約束して選挙に勝利した政党が、受給資格者の3分の1にも行き渡っていない生活保護費をさらに切り詰めるというのでは、政策全体の整合性がとれていないのではないか。
 ただし、そこからさらに一歩踏み込んで考えるなら、必要な財源が確保できて必要にして十分に公的扶助が行き渡るとしても、やはり生活保護費の無制限の拡大は抑止する必要がある。現在の日本の公的扶助の対GDP比は0.7%程度で、先進国の多くが2%台だから、現状の3倍程度に増えても先進国の水準としてはまだまだ余裕があるのだが、公的扶助の支出が今後少子高齢化の進行によって青天井で拡大の一途を辿るのは財政のバランスを欠く。仕方がないとばかりも言っていられないから、どこかで安定する一線を探る必要がある。
 少子高齢化の流れはすでに決定づけられているから、将来的な高齢受給者の増加は避けられないし、これはパイ自体が拡大していくのだから弾き出す方向性で政策を考えるのは間違っている。一方で、若年失業者については、増加を抑え受給生活の長期化を避ける方向で考えるべきである。そして、この2つの条件を両立させるには、高齢者扶助の財源と若年失業者の雇用を併せて確保する必要があり、これにはやはり経済成長が必須なのである。
 現在の生活保護制度が設計された時代には、その受給対象として想定されていたのは高齢者や障碍者だったから、基本的に死ぬまで継続的に受給することが想定されていて、若年失業者のような一時的受給の増大は想定されていない。そのために、現在の社会状況の変化に制度が十分対応できていない部分があることは事実である。
 受給者視点における生活保護制度の現時点で最大の問題点は、「いったん入ると抜け出しにくい制度」になっているということである。設計時点の想定とは社会状況が変わってきたため、一時的就労困難者を支援する機能が弱いところがまだまだあるので、今後はそれらの人々の就労を積極的に支援し経済的自立を促す機能も必要とされてくる。
 経済が好調だった時代には、失業率が低く抑えられていたうえに一般に給与水準が高かったために、「最低限の文化的生活」に甘んじるよりも就労してもっと高い収入を得るほうにインセンティブが働いていた。そのため、生活保護を受給する若年失業者も少なかったし、そこから抜け出すモチベーションもあった。しかし、現在のような長期不況の社会状況では、失業リスクが高いために若年層が受給生活に陥りやすいうえにいったん失業すれば再就職先の雇用が少なく、あっても受給水準以下の条件、つまり潜在的に受給資格に適合するレベルの待遇の求人しかないとなれば、そこから抜け出すことは容易ではない。
 さらに一方では、ブラック企業といわれるような不況型の企業体質による劣悪な労働環境で心を病んで心ならずもリタイアした人もたくさんいるし、それらの人々が社会復帰する心理的なハードルの高さは、当人でなければわからない苦しさがある。いつまで続くのか先の見えない不安定な生活の強いストレスから、飲酒や遊興などで生活が荒れる人も出てくるし、それがさらに社会の偏見を助長するという悪循環に陥っていく。
 これらの受給者サイドの問題は、生活保護制度自体の問題というより、経済状況を起因とする社会状況の問題とも言える。ですから、まず経済状況が好転することで受給者サイドの問題の多くが解決することは事実だろう。そもそも雇用が拡大して失業率が低下すれば、生活困難者自体の絶対数が減るのだから、若年失業者の受給率そのものが低減されるはずだ。
 いずれ将来的に公的年金制度が破綻すれば、国家のセーフティネットは生活保護に一本化され、高齢者でも健康で身体の動くうちは働いて収入を得るという形になるかもしれない。また、障碍者雇用がもっと進めば、社会が扶助のコストを負担するにしても、障碍者の社会参加を拡大したうえで社会的コストを給与の形で再分配することができる。
 そのためにも、生活保護制度は就労支援型のシステムを構築し、生涯受給を重視した制度から一時的受給も重視する制度へ転換することがよりいっそうの急務となるはずだ。生活保護の今後を決定する要素とは、就労支援型のシステムへの転換と、経済成長による雇用拡大や待遇改善の両輪ではないか。識者の間でも、インフレターゲット政策が経済成長をもたらす可能性は十分に高いと考えられているから、すでにその出口は見えているはずなのだ。
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2015年01月23日

生活保護基準は妥当か? 

 「生活保護の引き下げ」が論点として提起されるのはどうしてだろうか。
 一般に、引き下げの理由として語られるのは、生活保護基準が最低賃金や年金よりも高い場合があるということ(他の基準との整合性)と、財政負担の問題があげられる。
 このことについては、日弁連パンフレット「今、ニッポンの生活保護制度はどうなっているの?」が分かりやすくまとめている。
 確かに、厚生労働省が出している資料をみても、最低賃金が生活保護費を下回る自治体が存在していることが分かる。
 また、国民年金(老齢基礎年金)は、満額でも月額7万円に満たず、障がい基礎年金も1級で月額約8万円である。生活保護基準ギリギリ(割り込む場合も)で生活しているワーキングプア層や、年金だけで生活を維持することができずに生活保護を利用している世帯は非常に多い。
 実際に、生活保護利用者の世帯類型別の内訳を見てみると平成24年6月の段階で、高齢者世帯43.5%、母子世帯7.4%、傷病者・障害者世帯計30.8%、その他世帯18.3%となっている。
 生活保護利用者の大多数は高齢や傷病・障がい世帯で、生活保護を利用する以外に収入を得るすべを持たない場合が多い。これは、本来年金などの社会保険でカバーされるべき人がその給付額が少ないことにより支えられず、結果的に生活保護の守備範囲が拡がらざるを得ない状況があると言える。
 同様に、収入がある人もそれこそ最低賃金レベルの収入であれば、生活はかなり厳しい。例えば、今この文章を書くために利用している某ファミリーレストラン(都内)では、アルバイト募集と掲示されているポスターを見てみると、深夜帯であっても時給が1030円(最低賃金は850円)と記載されている。
 1030円(しかも夜勤)で仮に月160時間働いたとして(夜勤だけでこの就労時間はあり得ないが)、月給で約16万ちょっとである。そこから国民年金や国民健康保険料等引かれたら、手元に残る金額は生活保護基準ギリギリだ。日中の時給であれば収入はもっと低いであろう。
 このように最低賃金に関しても、また年金等の社会保険に関しても、その水準が低すぎることが問題であり、実際に生活保護基準は、消費実態等をもとに算出される「最低生活ライン」であるので、それを度外視して「引き下げ」をおこなっていくということは、社会保障を含めたあらゆる基準の「デフレ化」につながってしまう。
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2015年01月22日

生活保護基準はそもそもどうやって決まるのか ―― 生活保護基準部会 

 そもそも生活保護基準とはどうやって決められているのであろうか。厚生労働省の社会保障審議会の中に「生活保護基準部会」というものがある。資料や議事録は公開されている。(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000008f07.html
 生活保護基準はこの「基準部会」において、全国消費実態調査(5年に1度実施)の特別集計データなどを用い、審議会委員による専門的かつ客観的な評価・検証を受け、最終的に厚生労働大臣が決定する。「基準部会」は総選挙でその開催が延期されていたものの、年明けから再開される見込みで、「生活保護基準」をどうするのかについては議論されている途中である。この審議会の意見が出てきていないのに決定権を持つ厚生労働大臣が「削減ありき」の発言をするのは完全にフライングで、議論に水を差すものである。
 また、国の「最低生活ライン」が、統計データ等に基づく冷静で丁寧で確かな議論ではなく、政局や政治的風潮などの不確かな議論で決定されてしまうとしたら(また結論ありきの議論がなされているのだとすれば)、それは大きな問題である。その意味でも、最後のセーフティネットであり社会保障のボトム(底)に位置する生活保護の基準についてこのような問題提起がなされることは、由々しき事態であると言える。
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2015年01月21日

生活保護費の「引き下げ」=生活保護基準の「引き下げ」=最低生活費の「引き下げ」

 生活保護費の「引き下げ」について考えるためには、生活保護制度がどのようなものであるのかについて、前提の共有を行う必要がある。
 自民党の「生活保護の引き下げ」とは、8つの扶助のうちの「生活扶助費」についての削減を意味する。
 生活扶助費とは、食費や被服費、光熱費などの生活全般にかかる費用のことで、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活=最低生活」を維持するために必要な金額が「生活保護基準」として設定されている。生活扶助の基準額は、年齢や世帯の状況、住んでいる地域によって変動し、単身世帯だと約6万円〜8万円前後の額になっていて、これが国で定めた生活扶助に関する「最低生活費(最低限これだけないと生活を維持できないというライン)」をあらわしている。
 その削減(引下げ)をおこなうということは、最低生活費の引き下げをおこなうということで、これは、社会全体のボトム(底)が引き下げられるということにつながっていく。
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2015年01月20日

生活保護と在日韓国朝鮮人に関する話題

 生活保護数が過去最多だが、そのなかで在日が占める割合はどうか。
 1952年の平和条約発効後、日本内地に在住していた朝鮮出身者は日本国籍を取り上げられ無国籍の外国人となった。当時から朝鮮半島は大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国に分裂しており、双方が正統な朝鮮政府を主張していたから、日本国内にいた朝鮮人についても双方が「わが国の国民」という主張であった。
 1965年に日韓に国交が樹立すると在日朝鮮人たちの中から韓国籍を取得するものが現れた。日本国内で外国人扱いですから、民潭を通じた相互扶助の必要性や出入国にあたっての法的地位の確保という面もあった(韓国政府発給の旅券が取得できる)。こうして韓国籍を取得した人たちが、在日韓国人である。
 一方、当時の韓国の軍事政権を嫌う人たちなどは韓国籍を取得しなかった。こうした人たちが在日朝鮮人である。したがって在日朝鮮人が必ずしも北朝鮮支持とも関係者とも限らない。もちろん、民潭に所属せずに相互扶助を行うためには朝鮮総連に頼る必要もあっただろうから総連に関係した在日朝鮮人は少なくないだろう。
 ちなみに朝鮮総連でも北朝鮮政府の旅券の発給を受けられるが、日本政府は北朝鮮政府の旅券を有効な旅券とみなしていないので出入国には特別な許可が必要である。
 そういうわけで在日朝鮮人の「朝鮮」は北朝鮮ではない。まったく無関係と言うわけではないが、少なくともイコールではない。
 平成19年時点で日本の被保護世帯数は107万世帯、150万人(単身世帯が多い)。その中で被保護外国人世帯数は3万世帯、約4万8千人、全体の3%。そのうち韓国or北朝鮮籍は2万3千世帯、約3万人、全体の2%(ちなみに中国籍が約3000世帯、フィリピン籍が約2600世帯)。つまり、「生活保護を受けている100人のうち97人は日本人、2人がコリアン」ということになる。
 外国人登録者数は韓国・朝鮮籍が約60万人(徐々に減少中)、その60万人のうち生活保護は3万人、つまり在日韓国・朝鮮人で生活保護を受けているのは5%ということになる。日本人の場合は1億2千数百万人のうちの150万人だから1%強。コリアンを除く外国人の場合、外国人全体が215万人で、155万人のうちの1万8千人だから1%強。
 単純に人口比で見れば、日本人の生活保護受給率よりも在日韓国朝鮮人の受給率のほうが高い結果となる。ただ、これを特権と呼ぶのは早計だろう。
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2015年01月19日

生活保護の申請と扶養紹介

 生活保護を申請すると、親や兄弟に福祉課からの連絡が届く。申請者の周りに、生活を援助できる人がいるかどうかが重要になるからだという。仮にいた場合、生活保護費は支給されなくなる。
 福祉課から連絡が届くのは、申請者にとって3親等以内の親族になる。なので、例え親族に内緒で申請したとしても、絶対知れることになる。福祉課では、こうして援助ができるかどうかの確認は行うが、強制することはできない。誰もが自分たちの生活で精一杯のはずなので、断りの返信をすればいい。
 こうしたことまで調査されるのは、申請者も親族にとってもとても嫌なものである。まして付き合いのない家族となればなおさらのことである。この援助の確認は年に1度行われるので、親族と付き合いがあるのであれば、一言詫びておくのも礼儀かもしれない。『扶養照会』という形で文書が届く。
 福祉課から有無を言わせずに親族に届くこの扶養照会はどのようなものなのか。
 民法の第877条に『直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養する義務がある。家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる』という条文を元に行われるものである。
 生活保護の申請時においては、絶対的扶養義務者である親、兄弟姉妹、子供、配偶者に対して照会が行われる。通知を受け取った人の多くは嫌な思いをするようである。中には扶養できない証明として、源泉徴収票を添えるように求める場合もあるようだ。この扶養照会への返信を親族が怠ると、親族の取引のある金融機関や官公署に資産の調査が行われることになってしまう。
 こうしたことから、親族には迷惑をかけてしまうことになりかねない。何で自分の家の金銭的なことを含む生活全部を申告しなければならないのだと、とても憤慨される。生活保護自給者が生活保護を打ち切るまで、それは毎年続く。
 離婚して母子家庭になり、生活保護を受けようと申請すると、別れたご主人にまで『扶養紹介』が届く。
 そこまでしなくても……と思うかもしれないが、別れて自分にとっては他人でも、子供にとっては父親に変りはなく、親族として連絡が入る。居場所が分からないなどと言っても、福祉課で調査をし、しっかりと本人の元へ扶養照会が届けられるのだ。
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2015年01月18日

若年の生活保護 非正規の働き方などが関係か?

 生活保護の受給者数が戦後最多になっている。生活保護をめぐってはさまざまな問題が指摘される中、若年層で受給(保護)率が上昇している。若者の保護率上昇は何を意味しているのか。
 これまで生活保護は、公的年金など収入が限られ、病気にかかる恐れのある高齢者が中心に受給してきた2010年でも受給の39.4%は65歳以上の高齢者が占めている。一方、20〜39歳の若年層の受給は9.7%だった。しかし、ここにきて若年での受給の増加が問題として浮上してきた。
 保護率(生活保護を受給している割合)を見ると、戦後から下降し、1995年に全年齢で6.8‰(パーミル、千分率)に低下。その後、上昇に転じ、10年には14.7‰に倍増している。
 95年以降の保護率の上昇は、各年齢層で共通している。中でも、2000年以降、20〜39歳の若年層で、保護率の高まりが際立っている。
 分かりやすくするため、95年時の保護率を100として各年齢層での保護率指数の推移を調べてみた。すると、10年には20〜39歳が290と他の年齢層に比べ、急速に上昇してきたことが分かる。
 なぜ、若年層の受給が急増しているのか。
 若年層の失業率の悪化、収入減などさまざまな原因が指摘されている。中でも、雇用形態が大きく関係していることが分かった。
 25〜34歳の非正規比率(非正規で働く割合)と保護率の関係を見ると、非正規比率の上昇に伴い、保護率も上がってきたことが分かる。若年の非正規労働者が増加すれば、若年の生活保護受給も増える関係にある。
 1999年の派遣法改正など雇用の規制緩和を経て、派遣、パートなど非正規で働く若年層が増加した。若年層の不安定雇用化が、働く貧困層(ワーキングプア)などを生み、生活保護の受給に至ったことがうかがえる。
 さらに、フリーターやニート(若年無業者)数も増加し、2000年以降は高水準のままです。このため、親と同居している39歳以下の若年層が自立できず、親のリストラなどをきっかけに、生活保護の受給を余儀なくされていると考えられる。
 こうした若年層は、職の技能なども不足し、なかなか生活保護の受給から自立できないと指摘されている。
 このため、職業訓練をはじめ、若年雇用対策の重要性が増している。また、安定した雇用をどのように実現していくかなど、課題は残されたままである。
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2015年01月17日

日本はアメリカよりもいい?

 日本は基本的に生活保護を受給するかしないかという0か1かの選択しかない。アメリカでは最後の手段とされるSSIに行く前に、給が簡単なFSや自治体の一般扶助(GA)などを申請できる。FSは緊急時には3日で受給できるし、「ちょっと失業したので次の仕事が見つかるまでのつなぎ」という感じで気軽に申請できる。
 また、日本では基礎年金(国民年金)の受給額が満額でも月額約6・6万円と非常に少ないため、生活保護費をもらったほうがいいということになってしまう。保険料をずっと納めてきた人の年金が、何も納めなくてももらえる生活保護費よりも低いというのは社会保障の制度設計の意味をなしていない。
 日本とアメリカの社会保障制度に詳しいアメリカ人の専門家はこう指摘する。
 「日本で生活保護受給者が増えているのは怠け者が多いからではなく、社会保障の制度設計が悪いからです。日本の年金制度は上(高所得者)にやさしく、下(低所得者)に厳しい仕組みになっています。これでは保険料を納めてこなかった人が年をとると、どんどん生活保護にいってしまう。アメリカの年金制度は上に厳しく、下にやさしい仕組みになっていて、最高と最低の受給額の差が少ないのです」
 アメリカの年金制度は、SSIを運営している連邦社会保障局が直轄している。公務員、会社員、自営業者らが納めた年金保険料(社会保障税と呼ぶ)はすべて社会保障信託基金にプールされる。したがってアメリカでは、公務員、会社員、自営業者の年金受給額に大きな差はない。保険料の支払総額・期間、年齢などが同じなら、基本的に受給額も同じレベルになるからだ。
 また、低所得者の受給額の(支払った保険料に対する)割合は高所得者のそれより高くなっている。つまり、年金の所得再分配機能が発揮され、高所得者に厳しく、低所得者にやさしいシステムになっているのだ。それによって、基礎年金の受給額が生活保護費(SSI)よりも低くなるのを防ぐこともできる。
 「格差大国」のイメージが強いアメリカだが、実はこの国の公的年金制度は先進国のなかでも高い評価を得ているという。
 日本は生活保護制度を改悪するのではなく、年金制度に適切な所得再分配機能をもたせるなど、ごまかし措置ではない真の社会保障改革に取り組むべきではないか。そうしなければいくら受給条件を厳しくしても、生活保護受給者は増え続けることになるだろう。
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2015年01月16日

大阪市の「プリペイドカードによる生活保護費支給」は官製貧困ビジネス

 「ユニティー出発」(「出発」と書いて「たびだち」と読む)という名の生活保護受給者向け無料・定額宿泊所の運営者が脱税容疑で逮捕された。逮捕に伴い、この施設の劣悪な環境とあからさまな「生活保護費のピンハネ」を、貧困ビジネスの代表例として各メディアが報道したため、名前を記憶している読者も多いかと思う。
 こうしたユニティー出発に限らず、各地で「生活保護費をいったん全額預かり受給者には申請があるときだけ手渡す」「宿泊施設を提供する見返りに行政からの生活保護費を横取りする」という貧困ビジネスが問題となっている。
 注目すべきは、これら貧困ビジネスの運営者たちが口をそろえて、「生活保護受給者の自立を支援する」を大義名分として唱える点だ(ユニティー出発が「出発」とかいて「たびだち」と読ませることが象徴的である)。
 「生活保護受給者は支出を管理できないので、代わりに支出を管理してあげる」「適切な金銭感覚を身につけてもらうため支出を管理する」等々を大義名分に、生活保護費を横取りし受給者の手元には結局一銭も残らない仕組みだ。
 この典型的な「貧困ビジネス」のビジネスモデルとまったく同じようなことをしようとする自治体と企業が現れた。
 それはなんと、大阪市と三井住友カード株式会社だ。
 2014年12月26日、大阪市の橋下徹市長は定例記者会見において、「VISAプリペイドカードによる生活保護支給のモデル事業の開始」を発表した。当初は希望者のみということだが、後述するが、その先の展開を考えているとしか思えない。
 三井住友カード、富士通総研、ビザ・ワールドワイド・ジャパン、NTTデータの4社が主導して事業を運営するという。
 橋下市長の会見によると、この事業は、
1)「支出管理」を通し「自立支援」の一助とすることを目的とする
2) 三井住友カード株式会社と富士通総研が支払いシステムを構築する
 を骨子としたもので、全国初の試みとのこと。また、NTTデータの発表資料業の成否によっては全国的に展開することも視野に入れているという。
 日本国憲法25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定している。生活保護制度は、この理念に基づき、国がすべての生活困窮者に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする制度だ。従って、生活保護制度を運営する行政が、「生活保障」のみならず「自立支援」を行うことは当然とはいえる。
 しかし、この仕組みははたして、「自立支援」として機能しうるのであろうか。
 今回のモデル事業は三井住友カードが発行する「VISAプリペイドカード」を利用する。プリペイドカードといえども、クレジットカード決済基盤が利用される。そのため利用場所は、クレジットカードが使える場所に限られる。つまり現状でクレジットカード決済を導入していない、地域の小さな商店などでは利用できない可能性が高い。
 厚生労働省の「福祉行政報告例の概況」によると、生活保護受給者の44.2%は高齢者世帯であり、36.7%が障碍者世帯とのことだ。つまりこの「プリペイドカードによる支給」施策は、受給者の8割を占める高齢者と障碍者に「自分の足でカードの使える店まで行け。もしくは、ネットショッピングで買い物をしろ」というものであって、「自立支援」である以前に、受給者の実態からかけ離れた利用方法を押し付けるものと言わざるを得ない。
 また「自立」のためには、受給者側がいくばくかの現金を手元に作る必要がある。しかし、現金支給でないこの制度では、貯蓄とまで行かないレベルの緊急の出費を見越した一時的な現金の留保すらも許されないのである。
 一時的な現金留保さえできない仕組みで、「自立を支援」などできるはずがないではないか。
 受給者の支出を規制し、現金留保さえ許さないこの仕組みは、冒頭で紹介した「典型的な貧困ビジネス」と本質的に何ら変わるところはない。
 そして、最大の問題は生活困窮者への公的扶助として支給される公金である生活保護費に、営利企業が関与することだ。
 平成25年度の大阪市の生活保護予算は約2900億円であり、そのうち現金で支給される生活扶助額は約1000億円にあたる(大阪市発表資料より)。
 仮に、将来的にこの1000億円分がプリペイドカードで支給されるとすると、カード発行元である三井住友カードは、1000億円分の預託金を手にすることになる。
 また、カード使用には決済手数料が発生する。仮に決済手数料が1%だとすればその額は年間10億円にものぼる。
 さらにプリペイドカードには、入金のたび入金手数料が発生する。入金手数料を200円と仮定し、大阪市の生活保護受給世帯数である11万7千世帯に掛け合わせると、三井住友カードが手にする入金手数料は、毎月2300万、年額にして2億8千万円にのぼる。
 つまり、三井住友カードはこのシステムを大阪市で実施するだけで、毎年1000億の預託金と13億円前後の手数料収入を得ることになるわけだ。
 先に引用したNTTデータの発表資料によると、三井住友カード、富士通総研、ビザ・ワールドワイド・ジャパン、NTTデータの4社は、このビジネスモデルを「大阪市同様に全国の自治体への展開を進め」ることを視野に入れている。彼らの意図どおりこの事業が全国展開すれば、企業側が手にする金額は、膨大な金額になるだろう。
 これは明確な「生活保護制度の利権化」と言えるのではないか。
 このような観点からみると、今回の「プリペイドカードによる生活保護支給」の、「受給者自立支援に結びつかない」「生活保護制度を営利企業が利権化する」という姿が浮き彫りになる。
 「生活保護受給者の支出を管理し自立を促す」との美辞麗句で飾られた事業ではあるが、はたして、冒頭で紹介した「ユニティー出発」に代表されるこれまでの「貧困ビジネス」と、一体どこが違うというのであろうか。
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2015年01月15日

知らないとだまされる!生活保護に関する政治家のウソ!

 生活保護の金額は高くないのに、「生活保護の金額が高すぎる」「生活保護よりも低い収入で生活している人もいる」と言いふらす政治家が少なくない。その政治家の目的は、福祉にかける国家予算を削り、別のこと−たとえば公共事業にばらまき、その見返りとして企業から政治献金を受け取りたいと考えているからだ。
 生活保護の金額よりも低い収入で生活している人もいることは事実である。しかし、それは、今の生活保護制度では何かあったときのための貯蓄らしい貯蓄ができない、自家用車の使用が制限される、老後が心配になるほど貧弱な福祉制度でしかない、福祉担当者の態度が横柄で嫌な思いをさせられるなどの理由があって、申請せずにただ我慢しているからである。
 これは、政治がきちんとしていない責任を国民に押しつけているだけなのだ。
 実際に計算すればわかるが、生活保護の金額は決して高くないのだ。 生活保護で贅沢はできないのだ。
 にもかかわらず、「生活保護を受けているのにいい車に乗っている」と言いふらす政治家が少なくないのだ。
 前述の通り、自家用車の使用は制限されている。また、就労のための必要な控除のうち、自家用車の修理(職場への交通費、ワイパーの交換など)といった最低限の補修は認められる。したがって、その人は自家用車を使用することを何らかの理由で保護担当者が認めていると考えていい。
 また、「生活保護を受ける前に家族や地域が養うべき」と言いふらす政治家がいまだに数多い。前述の通り、配偶者や未成熟な子に対する親でないかぎり、最後の最後まで養わなければならない義務はない。自らの生活を壊さない程度に支援すればいいのである。たとえば毎月、生活費を送ることはできなくても、季節によっては食べ物を差し入れたり、入院するときの保証人になるといった協力はできる。
 夫婦間の暴力で逃げ出してきた場合や、親子が絶縁状態にある場合など、人間誰しもさまざまなケースがある。だから、あらかじめ文字にして細かなことが決められない。援助をどう考えるかは、その人ごとに応じて決めることとなる。
 孤立死を防ぐために見守りなどの取組みは進められているが、地域が養う義務は当然ないのである。
 生活保護は、家族や地域が養わなければ餓死するしかない時代から、国全体で支えるというように発展させて、より安定的な安心と保障をつくりだした制度なのだ。その枠組みを家族や地域に狭くしようという考え方は、とても危険である。そういう政治家は、やはりいのちの安全や安心に目をつぶり、別のところ、自分に利益がでるところにで使いたいと考えているのだろう。
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2015年01月14日

生活保護切下げは手始めに過ぎない―社会保障削減への道

 「納得がいかない、これでは生きてゆけない」
 自民党の「生活保護予算の1割削減」を受けて、厚労省は昨年8月から生活扶助費の支給額を切り下げた。今年の春、来年の春と3年がかりで平均6.5%、最大で10%切り下げる。
 庶民にとっては他人事で済まされない。
 生活扶助費の切り下げは、38制度以上に連動する。「最低賃金」「住民税の非課税」「介護保険料」「公営住宅家賃の減免」「就学支援」……。低収入世帯は真綿で首を締められることになるのだ。
 政府は生活扶助費切り下げの理由を「物価の下落」としているが、アベノミクスによる輸入原材料の値上がりで、物価は上がっているのだ。東京新聞と朝日新聞は「7600世帯の不服申し立て」を報道しているが、政府の辻褄が合っていないことへの指摘はなかった。
 ひと月8万数千円で暮らしていた男性(50代・新宿区)が、8月に支給された生活扶助費は7万9千円だった。最終的には1万円減額されそうだ。鳶職の彼は、椎間板ヘルニアと糖尿病を患っていて、仕事をしようにもできない体だ。「これ以上減額されたら生きてゆけない」と話す。生活扶助費の切り下げは、他の制度にも連動して庶民を苦しめる。そこに消費税増税がのしかかつてくる。
 「消費税増税は必要」と囃し立てながら、自らは軽減税率の適用を政府に求めるマスコミ。生活感なき新聞報道が続く限り、庶民の暮らしは苦しくなるばかりだ。
 これから年金引下げ、医療費値上げと社会保障は削られていくだろう。生活保護の切り下げは手始めに過ぎない。ここで(歯止めの)クサビを打ち込まなくてはならない。国民生活への悪影響を警戒する必要があるのではないか。
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2015年01月13日

安倍政治2年 生活保護はこう変わった

 安倍政権は、発足した翌月の2013年1月、生活保護のうち生活費にあたる「生活扶助費」を、13年度から3年間かけて、段階的に6.5%引き下げることを決めた。厚生労働省の試算では、約96%の受給世帯で減額となる。
 実際には物価の上昇や、今年4月の消費税率引き上げを考慮して圧縮されたが、それでも14年度の支給実績は、都市部の夫婦と子供1人世帯で、12年度に比べて月6000円減。子供1人の母子世帯では月2000円の減額になった。削減額は計700億円超と、衆院選の選挙費用に匹敵する。
 生活保護費の削減は、「自助」を重要視する自民党が、政権を奪還した12年衆院選で公約に掲げており、約束違反ではない。
 自民党は、民主党政権では生活保護を受給しやすい運用がなされたとして、必要以上に生活保護費が「肥大化」(同年度実績で約3兆7000億円)したと問題視。この状況を「適正化」するとして、受給者への支給額を一律「原則1割カット」するとした。安倍晋三首相も当時「適正化で数千億円削減できる」と訴えている。
 14年度の社会保障給付費は115兆円超だが、25年度には約149兆円に膨らむ見通しで、効率化は求められている。
 しかし、関東地方の40代男性の受給者は「電化製品を買える状況にない。燃えないごみの日に、使えるものは拾ってくるような生活だ」と話す。「憲法が保障する生存権を侵害している」として、各地で引き下げ取り消しを求める訴訟が起きている。
 また、増え続ける受給者を抑制するため、安倍政権は生活保護法を改正(昨年7月施行)。保護を申請する際、資産などを記した申請書の提出を義務付けた。自治体が申請を受け付けない「水際作戦」に拍車がかかるとの批判がでている。
 この改正では、扶養を断る親族に説明を求めることも可能にした。親族に気兼ねして、申請を断念する人が増えかねないとの懸念が指摘されている。
 生活保護費の削減をめぐっては、貧困世帯の子供が増え、教育格差によって貧しさが世代を超えて続く「貧困の連鎖」も懸念されている。12年度で、子どもの貧困率は16・3%と過去最高を記録。安倍政権は昨年8月に対策の基本方針となる大綱をまとめたが、貧困率の削減目標や経済支援策は盛り込まず、実効性に疑問符がつく。
 生活保護受給者が自立するには、賃金の底上げが必要だが、最低賃金の引き上げペースも鈍い。
 安倍政権は、さらに生活保護費の削減を進める構え。昨年6月に閣議決定した「骨太の方針」で、生活保護のうち家賃にあたる「住宅扶助」などを、15年度に「適正化」するよう盛り込んだ。
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2015年01月12日

住宅扶助190億円減額 17年度、厚労省

 厚生労働省は1月11日、生活保護のうち家賃として支払う「住宅扶助」について来年度から引き下げ、2017年度には今年度と比べ約190億円減額すると発表した。来年度は激変緩和措置や年度途中の7月施行のため約30億円の減額にとどめる。冬季の光熱費などに充てる「冬季加算」も来年度から約30億円引き下げる。生活保護を巡っては、厳しい財政事情を背景に、来年度予算で食費など生活費に充てる「生活扶助」の約260億円減額も決まっている。そのため、実質では計約320億円の減額となる。
 厚労省と財務省が下げ幅の協議を続けていたが、同日の閣僚折衝で決着した。厚労省によると、住宅扶助の今年度の予算は約5000億円。都道府県や政令市、中核市単位で上限額を設定し、単身世帯で月5万3700〜2万1300円を支給している。08年の総務省の住宅・土地統計調査などを検証し、支給額以下でも借りられる物件が地域によって市場の十数%あるとして都市部を中心に上限額引き下げが可能と判断した。
 ただし、緩和措置として、家賃の契約更新まで新たな上限の適用は猶予する。家賃が上昇している東日本大震災の被災地域などでは相場との比較で上限額を引き上げることもあるとした。冬季加算についても同様で、多くの地域で減額される一方、厳寒の山間部や豪雪地域では増額する地域もあるという。
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2015年01月11日

国は主に現金給付、地方自治体は主にサービス給付という役割分担?

 真に救済を必要とする人たちに的確に対応できる社会保障制度を構築するためには、国と自治体の役割分担を明確にし、必要な財源を確保することに加えて、対象者の経済状況や家庭環境などの情報を、行政が正確に把握できることが不可欠である。
 ところが、そうした個人情報を巡っては、自治体に新たな悩みの種が生じている。個人情報保護法が施行されて以降、居住者の年齢や家族構成などが自治体側でも把握し難くなっているのだ。それは、災害発生時の避難・救出や、防犯上必要な情報提供などを行う上でも大きな支障になっている。一人暮らしの高齢者の中には、プライバシーを盾に行政や地域による声かけに応じず、地域に馴染まないまま結果として孤独死を招く例も出てきている。
 社会保障制度の原理原則は「公平・公正」であることに尽きる。そのためには、制度の適用を求める人の資産状況などに関する調査権限を強化することと、不正な受給が行われた場合の罰則を強化することが必要。ところが、金融機関などの調査協力義務が法定されてなく、個人のプライバシーへの配慮が重視されるために、所得・資産などを正確に把握するための業務に、多くの人手や時間がかかっているのが実態である。
 すでに諸外国では、社会保障番号制度や納税者番号制度が導入され、機能している。日本では、住民基本台帳ネットワークシステムが限定的に稼動しているに過ぎない。IT化の進展を活用して、行政サービス全般をカバーできる共通の情報基盤を整備することが、あらゆる制度を再構築していく際の大前提となるべきではないだろうか。しかし、政治や行政に対して不信感がある。しかも施策はちぐはぐで、弱者に不利なものが多い。いかにその溝を詰めるかだが、期待できるほどのものはないのではないか。
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2015年01月09日

国や地方自治体の役割分担や手法の根本見直し

 社会保障制度の目的が錯綜している面がある。生活保護法は、その目的に「最低限度の生活保障」とともに「自立の助長」を規定している。しかし、生活保障と自立支援は、本来なら別々の制度であるべきだ。生活保護の運用を改善するという次元ではなく、福祉制度全般について国と地方の役割分担や手法を抜本的に見直すべきときに来ているのではないか。
 たとえば、一時的な傷病者や母子家庭など働くことのできる稼働年齢層については、対象者の実情を最も身近に把握できる地方自治体が、自らの事務として自立支援を行う。ここでは、医療、保育、職業訓練、職業紹介などを充実して総合的に組み合わせることで本人の自立を助長し、社会復帰を早めることに重点を置く。自治体によって取り組みに差が出るかも知れないが、それは地方分権の時代であるというのならば当然かもしれない。
 一方で、後期高齢者や慢性的な傷病者など、将来的に自立が見込みがたい層については、現行の生活保護制度とは別立てにすることを考えてもいい。つまり、基礎年金や健康保険、介護保険を含めた生活保障を、トータルなセーフティーネットとして制度設計することを国の責務として進めるべきなのかもしれない。
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2015年01月08日

従来型の行政は大きな曲がり角に来ている

 これまでの日本を支えてきたさまざまな制度が、ここに来て制度疲労を起こしている。多くの地方自治体がこの問題に直面して困惑しているのだ。その一例として「生活保護」がある。
 あらゆる行政課題に「タブーをつくらない」として生活保護費の不正受給問題に厳正に取り組み、適正化に努力した結果「北九州方式」が生まれ、他の自治体にも広がってしまった。また、保護申請を認められなかった人が孤独死するという事態も発生し、制度そのもの、制度の運用の問題点が浮かび上がり、議論を呼んだ。いまや生活保護制度自体が制度疲労を起こしており、社会保障制度全体の中で見直しを行なうべき段階に来ているのではないか。
 生活保護は、憲法25条に定める生存権に基づき、国が国民に最低限度の生活を保障する制度とされている。国の仕事を地方自治体が代行する法定受託事務として、市(福祉事務所のない町村の場合は都道府県)が担当している。必要な財源は国が4分の3、地方が4分の1をそれぞれ負担する。
 受給者は1990年代には全国で60万世帯を切っていたが、その後、バブル崩壊後の景気後退の影響などで増加に転じ、2005年に始めて100万世帯を突破した。国はもちろん、自治体側の財政負担も年々大きなものになっているというが、果たしてどうか。
 制度創設から50年以上たっているのに、改正されたのは国と地方の負担割合のみで、これだけ社会状況が変化したのに抜本的な改正はなされていない。この間、健康保険や国民年金、介護保険など様々な福祉制度が導入された。しかし、それぞれが問題点を抱えており、制度の網から外れた人たちにとっては、生活保護が唯一最終のセーフティーネットとして、福祉制度全体の矛盾がしわ寄せされている感がある。
 国においても、自立支援策を充実させるなど運用上の見直しを行っているとはいうものの、受給者の多数を占める高齢者世帯は、一度生活保護の受給を始めるとなかなか脱却することができない。救済を求める弱者も、そして救済を実施する自治体側も、生活保護制度に頼らざるを得ないのが現状なのである。
 しかも、現行制度では、最低賃金や国民年金の水準よりも生活保護のほうが支給金額が高い状況にある。これを放置したままでは社会全体の制度バランスを欠いて、モラルハザードを引き起こしかねないということで、低いほうに合わせるという本末転倒の施策を行い始めている。
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2015年01月07日

生活困窮者自立支援と生活保護、それぞれの課題は?

 今年4月から生活困窮者自立支援法が施行とされる。生活保護ではカバーできない困窮者を支援するための法律というのだが、これはどのようなものなのか。
 日本のセーフティネットの基礎となっているのは生活保護なのだが、生活保護の制度には、捕捉率が低いという課題がある。生活保護の受給者数は約220万人、受給世帯数は160万世帯だが、一方で厚生労働省がまとめた日本の相対的貧困率は約16%である。日本の世帯数は約5200万世帯だから、貧困率が16%だとすると約832万世帯が貧困状態にあると考えられる。そうなってくると、貧困世帯のうち生活保護を受給できているのは、約20%に過ぎないという計算になるわけだ。
 生活保護については財政的な問題もあり、基本的に給付を抑制する方向で改革が進められている。昨年の7月に施行された改正生活保護法では、窓口での申請書提出の原則義務付けや、親族や雇い主に対する調査権限の強化などが盛り込まれており、保護を受けるハードルが従来に比べて格段に高くなった。
 このままでは支援の対象とならない生活困窮者が増加することから、それに対応するために作られたのが、生活困窮者自立支援法ということになる。
 この法律は、生活困窮者の自立を支援するためのもので、福祉事務所を設置している自治体は、自立相談支援事業を行うことになっており、生活困窮者がワンストップで相談できる窓口が設置される。また、生活困窮者が就労できるよう各種支援を実施することになっている。失業などにより一時的に住む家を確保できない人のために、家賃を補助する制度も盛り込まれた。
 働く意思はあるものの、その機会を見つけることができず、貧困状態から抜け出せなかった人には、効果のある施策といえるかもしれない。一方で、内容が就労支援に偏っていることについて危惧する声も上がっている。
 日本では、仕事がない1人親世帯の貧困率は50%を超えているのだが、仕事がある1人親世帯の貧困率もやはり50.9%とほぼ同じ水準だ。労働基準法が守られていれば、こうした結果にはならない可能性が高く、労働環境が劣悪な職場が多数存在することを伺わせ、脱出できない危険性がある。この法律を効果的に運用するためには、労働環境の整備とセットで行うことが重要になってくるが、果たしてできるのか。
 また何らかの事情で就業が難しい人や世帯については、今回の法律でも十分にカバーされない。セーフティネット全般について、金額を抑制しつつも、カバーする範囲を広げるといった包括的な工夫が必要だろうが、絵に描いた餅になりかねない。
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2015年01月06日

国会が博打を推奨する異常事態

 国家戦略特区に関しては、カジノをつくって博打をやらせようとしていることも見逃せない。中国・マカオが、米国・ラスベガスを抜いて世界で最も売上の大きなカジノとなったが、その規模は3兆円である。ところが、日本のパチンコ・パチスロ産業は19兆円市場であり、すでに世界屈指のギャンブル大国といえる。
 ギャンブルの依存症になるケースが少なくない。ギャンブル依存症は1つの病気であるとWHOも認めている。厚生労働省の調査でも、依存症にかかっている人は数百万人いるとされているが、この対策はほとんど取られていない。
 隣国の韓国は、国家機関の中に依存症対策のセクションがあり、パチンコは06年に全面禁止になった。韓国内には17ヵ所にカジノがあるが、韓国民が利用できるのは、そのうちの1ヵ所だけである。ソウルからバスで2時間半くらい走ったところにあるカンウォンランドがそれだ。ところが、この1ヵ所だけでも、全財産をなくしたあげくに自殺した人が10年間で35人出ている。強盗、殺人、窃盗などの犯罪が激増し、周辺で野宿するホームレスも増えている。このようなことが大きな社会問題になっているのだ。
 超党派の国会議員から成る国際観光産業振興議員連盟(カジノ議連)の最高顧問を務めているのが安倍首相と麻生太郎副総理、石原慎太郎・日本維新の会共同代表、小沢一郎・生活の党代表で、ほかにも主だった国会議員が顧問に名を連ねている。議連には与野党135人の国会議員が入っている。博打は刑法で禁止されているにもかかわらず、首相をはじめ錚々たるメンバーが博打を勧めているのは異常ではないか。福祉目的云々という議員までいて、カジノができなければ生活保護制度は維持できないなどと言う者までいてあきれ果てる。
 安倍政権は、貧困拡大政策と併行して、解釈改憲で集団的自衛権の行使を容認しようと躍起になっている。貧困拡大と集団的自衛権の行使容認はどのような関係があるのか。ばかばかしい限りだ。
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2015年01月05日

大企業優遇政策

 労働問題では、雇用破壊が進められています。リーマンショック後、派遣切りされた労働者が寮や社宅を追い出され、貯金を使い果たし、野宿を余儀なくされる人がたくさん出た。
 派遣の場合は、現在は専門26業種に限って期間の制限がないのだが、それを全業種期間の制限を撤廃しようとしている。また、限定正社員制をつくり、正社員でも解雇しやすいようにしようとしているす。
 国家戦略特区構想は、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)と密接な関係がある。韓国では、アメリカとFTA(自由貿易協定)を締結する前に特区制度がつくられており、医療や教育などについて規制緩和が行われた。
 国家戦略特区は、雇用・医療・教育・農業などの分野にまたがり、関連の法案も出されている。一番の問題は、雇用特区においては、簡単に解雇でき、残業代を払わなくてもいいような制度の導入を目論んでいることである。
 しかし、このような雇用特区構想は、実質的に“解雇特区”であると批判されたことで先送りにはなったが、安倍政権は、基本的にこのような考え方を変えていない。
 安倍首相は、『企業が世界一活動しやすい国をつくる』というスローガンを掲げ、労働者を解雇しやすく、残業代も払わなくていい制度をつくろうとしているのだ。確かに、そういう特区ができれば企業には天国なのだが、働いている人にとってはまさしく地獄である。
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2015年01月04日

英独は生活保護受給者9%台、日本は餓死者多発

 生活保護法の改悪で扶養義務者の調査が強化された。例えば、生活困窮者が生活保護を申請する場合に、実家にどれだけ扶養能力があるかなど、扶養義務がある親族の収入や資産が徹底的に調査される。
 12年の4月頃、ある人気お笑いタレントの母親が生活保護を受けていたことに対してバッシング報道があった。現在の生活保護法では、扶養義務者の扶養能力は生活保護受給の要件になっていないにもかかわらず、あたかも不正受給のように報道された。
 さらにワイドショーなどは、生活保護受給者がパチンコ屋に行っているところを隠し撮りして放送し、生活保護受給者が働かずに遊んで暮らしているかのようなイメージをつくった。
 このような生活保護受給者バッシングを利用して、安倍政権は生活保護制度を改悪した。いま日本では、生活保護受給者が約215万人おり、全人口の約1.7%だが、ドイツは同9.7%に当たる約790万人、イギリスは同9.27%に当たる570万人が生活保護制度を利用しているが、これらの国々ではバッシング報道など起きていない。
 日本では生活保護受給資格のある人のうち、実際に制度を利用しているのは、学者の調査では2割以下である。厚生労働省の調査でも3割くらいなのだ。
 そのためか孤立死や餓死が多発している。1昨年5月24日に、大阪で28歳の母親と3歳の男の子の遺体が発見されたと報道されて注目を集めたが、捜査官の話によると、公共料金の請求書に「おなか一杯食べさせられなくてごめんね」という書き置きがあったという。この母子が生活保護制度を利用していれば命は助かったと思うのだが、実際にこういうことが多発している。
 生活保護受給者数は過去最多を更新し続けているが、受給者が増えている理由は、格差が広がって生活困窮者が増えているにもかかわらず、社会保障が不十分だからだ。このような根元的な原因を手直しするのではなく、生活保護受給者をバッシングして生活保護を受けにくくするのは、弱者切り捨ての政策といえる。
 安倍政権はさらに、医療・介護・年金などの社会保障制度全体に変更を加えようとしているが、それは憲法25条(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)を空洞化させようとするものである。これは低所得者にとって非常に厳しい政策といえ、さらに昨年4月からは消費増税により、ますます格差と貧困を拡大させてしまった。
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2015年01月03日

生活保護費削減で3日分の食費失う

 実は、昨年の国会では、秘密保護法以外にも重要な法案がいくつも可決されている。前回の通常国会で生活保護基準が変更され、昨年8月1日から生活保護費が引き下げられた。3年間で670億円削減させる予定になっている。生活保護に関しては、03年に0.9%、04年に0.2%と、過去2回基準が引き下げられているが、今回の引き下げ幅は平均が6.5%、世帯によっては最大10%の支給額引き下げになっており、制度利用者が大変なダメージを受ける。
 支給額の見直しは、物価下落を大きな理由とするものだが、物価が下がっているのはパソコンや家電製品などで、生活必需品、水道光熱費、公共交通機関の料金、灯油などの生活に直結する費用は円安の影響等により、むしろ上がっている。そういう中で生活保護世帯の生活費を670億円も削減するのだ。
 ある生活保護受給者から、手紙を受け取った。昨年8月から受給額が2000円下がったそうだ。その人の食費は1日700円くらいで、2000円は約3日分の食費に相当する。その2000円の痛みが国会議員はわかっていないのではないかと、手紙は訴えている。
 また、生活保護に関しては、改悪となった問題がほかにもある。その1つは、申請方法の変更である。それまで口頭でも可能だった生活保護申請は、書面で申請しなければならなくなった。その際に、収入や所有財産を証明する資料を添付しなければならないのだが、路上生活者やDVの被害者などは、収入や財産を証明する資料がないほうが多く、書類不備を理由に窓口ではねつけられる可能性がある。
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2015年01月02日

生活保護法の改悪

 戦後初めて生活保護法が改定され、社会保障制度が後退した。何十年と現場で積み上げられ、構築されてきた知見や経験より、テレビ受けの良いコメンテーターの意見が優先されたかのよう・・・。
 特定秘密保護法が悪法なら今回の生活保護法改定は希代の改悪である。そのことにどれほどの人が気づいているだろうか。
  特定秘密保護法の危険性は、こうして世論が一辺倒に傾かせられることも1つだが、秘密保護法が施行されずとも、こうして弱者をつま先立ちさせてビンタを張るような法案が、一辺倒の影に隠れて可決されていく。
  弱者に対する社会の眼差しの厳しさは、特定秘密保護法を可決しようとする政治家となんら変わりなく、どっちもどっちではないか。 華々しい空中戦ばかり目が行き、地味だけど着実な地上戦は避けてきた結果かもしれない。他人の不幸の上に自分の幸福を築き上げる社会でいいというのか。東日本大震災、東電原発事故に接しても、結局何にも変わらない私たちが、政治家の暴走を許してしまっていると、感じられて仕方ないのである。
 対象化、敵対化の構造から他者への同苦、困っている人への共感、そこから生まれる協働の連帯―そういう絆のモグラ道が社会に張り巡らされるときこそ、この国がいい国へと変わるときであると信じたいのだ。巨大恐竜が滅びても、哺乳類の祖先の小動物がそれゆえに生き延びたように・・・。
posted by GHQ/HOGO at 08:50| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする