政府が統計データを使ってやっていることは2つある。1つは政策の成功と恩恵を誇示することだ。残念ながら、日本政府には最近自慢すべきところがほとんどない。しかしそれでも、官僚や政治家が様々な事柄に関するデータを吐き出すのを阻止することはできない。
自慢すべきところがほとんどないから政府はデータを公開するのだと、データのもう1つの使い道に納得させられる。自分たちの政策を正当化するために、国民に不安を呼び起こすのだ。つまり、政府が貧困統計を持ち出し始めたら、何らかの新たな政策がないか探してみたほうがいい。
生活保護受給者の急増やワーキングプア問題などに対応するために、厚生労働省は貧困を測る新たな指標を定めることを決めた。新たな指標は健康状態や衣食住の状況といった要素を判定することによって、日本の貧困の実態や貧困率を明らかにするのに役立てられる。同省によると、既存の国際的な貧困指標は活用しにくいと考えられており、実態を反映していないという。来年度中に指標を策定し、継続的に貧困率を測って、生活保護基準の見直しなど新たな政策を立てる際に政府にデータを提供する方針だ。
2010年調査では2009年時点の日本の「相対的貧困率」は16%で、約6人に1人が貧困とされた。この貧困統計は政府にとって「もろ刃の剣」である。一方で、政府が社会保障制度と政府を拡大したいと考えている場合、貧困率が上昇するのは都合がいい。貧困率が高ければ、直接的支出や公的サービスの増加を正当化できる。
他方で、貧困率の高さは、政府管理経済と社会保障制度が失敗だったということでもある。特に政府は社会保障費を惜しまず、国民1人当たりでも、対GDP比でも、世界最高になるまで負債を抱え込んできたため、日本の場合、貧困率の高さはかなり恥ずべき状況だ。
政府はこのいくぶん簡単な指標に基づいて、政府管理経済と社会保障制度は失敗だったと認めようともせずに、実態ではなく、賢明で成功しているという政府のイメージをもっと反映するように、日本の貧困を定義し直すことにしたのだ。
実のところ、貧困指標は現実をあまり反映していない。新指標で政府が必需品と考えているものを見てほしい。
新しい指標には失業率や医療をどのくらい受けているかなどの項目に加え、「食事に困っていないか」「携帯電話などの必需品が買えるか」など、生活に密着した項目を入れることも検討する。
携帯電話―本当にそうなのか。すべての日本人が携帯電話を持つのは、ソフトバンクやKDDIやNTTドコモが必要としていることに過ぎない。
日本には実際に貧困があるが、携帯電話を持っていないから貧困なのではない。しかし政府がそういった贅沢品を問題にしている間、生身の人々は東京や大阪などの大都市のテント村でその日暮らしをしている(東京都は新宿都庁の駐車場からホームレスを追い出した)。
貧困率の判定方法を変更することによって、政府にかかる負担はいくぶん軽減されるかもしれないが、こういった人々にはほとんど慰めにならない。政府はこれまで貧困の実態について正直さに欠けていた。
しかし驚きなのは、政府が1998年以降、問題の存在を否定しながら貧困率を隠してきたと認めたことだろう。時折、正反対の事例証拠があったにもかかわらず・・・。
NPOの反貧困ネットワーク事務局長、湯浅誠氏は「政府は貧困問題を把握しているが、それを隠してきた。現実を直視することを恐れていた」と語った。
政府はこの問題を認めようとしないが、世界中の貧困にはほとんど臆することなく資金を投じた。
貧困削減を支援する事業や、アジア開発銀行(ADB)が資金提供した事業の価値を高める社会発展関連の活動に資金援助するために、日本は2000年5月に「貧困削減日本基金」(JFPR)を設立した。2010年にJFPRは無償資金援助の範囲を広げ、事業への資金援助に加えて技術援助も行うようになった。
日本はこの基金を支援している。2010年12月末時点で、JFPRは合計約4億4580万ドル(342億円)を提供した。ADBは137件のグラント事業(3億5290万ドル相当)と30件の技術援助事業(2540万ドル相当)を承認した。
この資金がブータンやネパールやスリランカの再生エネルギー事業ではなく、日本の貧困層に使われていたら、日本の貧困はどうなっていただろう。さらに、「国民総幸福量委員会」(Gross National Happiness Commission)などに資金援助する「日本・UNDP(国連開発計画)パートナーシップ基金」(117億円)もある(もう一度言うが・・・本当に)。前総理が貧困削減のために国連に85億ドル(6519億円)援助すると約束した「菅コミットメント」も忘れてはならない。こういった3つの構想だけでも―これがすべての援助ではないが、諸外国の貧困削減に1兆円近く投じられている。
にもかかわらず、日本国民はこの貧困の再定義案を受け入れてやっていくしかないのか。酷いものだ。
自慢すべきところがほとんどないから政府はデータを公開するのだと、データのもう1つの使い道に納得させられる。自分たちの政策を正当化するために、国民に不安を呼び起こすのだ。つまり、政府が貧困統計を持ち出し始めたら、何らかの新たな政策がないか探してみたほうがいい。
生活保護受給者の急増やワーキングプア問題などに対応するために、厚生労働省は貧困を測る新たな指標を定めることを決めた。新たな指標は健康状態や衣食住の状況といった要素を判定することによって、日本の貧困の実態や貧困率を明らかにするのに役立てられる。同省によると、既存の国際的な貧困指標は活用しにくいと考えられており、実態を反映していないという。来年度中に指標を策定し、継続的に貧困率を測って、生活保護基準の見直しなど新たな政策を立てる際に政府にデータを提供する方針だ。
2010年調査では2009年時点の日本の「相対的貧困率」は16%で、約6人に1人が貧困とされた。この貧困統計は政府にとって「もろ刃の剣」である。一方で、政府が社会保障制度と政府を拡大したいと考えている場合、貧困率が上昇するのは都合がいい。貧困率が高ければ、直接的支出や公的サービスの増加を正当化できる。
他方で、貧困率の高さは、政府管理経済と社会保障制度が失敗だったということでもある。特に政府は社会保障費を惜しまず、国民1人当たりでも、対GDP比でも、世界最高になるまで負債を抱え込んできたため、日本の場合、貧困率の高さはかなり恥ずべき状況だ。
政府はこのいくぶん簡単な指標に基づいて、政府管理経済と社会保障制度は失敗だったと認めようともせずに、実態ではなく、賢明で成功しているという政府のイメージをもっと反映するように、日本の貧困を定義し直すことにしたのだ。
実のところ、貧困指標は現実をあまり反映していない。新指標で政府が必需品と考えているものを見てほしい。
新しい指標には失業率や医療をどのくらい受けているかなどの項目に加え、「食事に困っていないか」「携帯電話などの必需品が買えるか」など、生活に密着した項目を入れることも検討する。
携帯電話―本当にそうなのか。すべての日本人が携帯電話を持つのは、ソフトバンクやKDDIやNTTドコモが必要としていることに過ぎない。
日本には実際に貧困があるが、携帯電話を持っていないから貧困なのではない。しかし政府がそういった贅沢品を問題にしている間、生身の人々は東京や大阪などの大都市のテント村でその日暮らしをしている(東京都は新宿都庁の駐車場からホームレスを追い出した)。
貧困率の判定方法を変更することによって、政府にかかる負担はいくぶん軽減されるかもしれないが、こういった人々にはほとんど慰めにならない。政府はこれまで貧困の実態について正直さに欠けていた。
しかし驚きなのは、政府が1998年以降、問題の存在を否定しながら貧困率を隠してきたと認めたことだろう。時折、正反対の事例証拠があったにもかかわらず・・・。
NPOの反貧困ネットワーク事務局長、湯浅誠氏は「政府は貧困問題を把握しているが、それを隠してきた。現実を直視することを恐れていた」と語った。
政府はこの問題を認めようとしないが、世界中の貧困にはほとんど臆することなく資金を投じた。
貧困削減を支援する事業や、アジア開発銀行(ADB)が資金提供した事業の価値を高める社会発展関連の活動に資金援助するために、日本は2000年5月に「貧困削減日本基金」(JFPR)を設立した。2010年にJFPRは無償資金援助の範囲を広げ、事業への資金援助に加えて技術援助も行うようになった。
日本はこの基金を支援している。2010年12月末時点で、JFPRは合計約4億4580万ドル(342億円)を提供した。ADBは137件のグラント事業(3億5290万ドル相当)と30件の技術援助事業(2540万ドル相当)を承認した。
この資金がブータンやネパールやスリランカの再生エネルギー事業ではなく、日本の貧困層に使われていたら、日本の貧困はどうなっていただろう。さらに、「国民総幸福量委員会」(Gross National Happiness Commission)などに資金援助する「日本・UNDP(国連開発計画)パートナーシップ基金」(117億円)もある(もう一度言うが・・・本当に)。前総理が貧困削減のために国連に85億ドル(6519億円)援助すると約束した「菅コミットメント」も忘れてはならない。こういった3つの構想だけでも―これがすべての援助ではないが、諸外国の貧困削減に1兆円近く投じられている。
にもかかわらず、日本国民はこの貧困の再定義案を受け入れてやっていくしかないのか。酷いものだ。

