2017年11月21日

成長か分配か―それが問題?

 生活保護受給者数は220万人あまりとなっており、戦後最多の状況が続いている。生活保護を受給している世帯の約4割が高齢者世帯であるが、増加率に着目すると若い世代の生活保護受給者も増加している。このように貧困問題はより深刻になっているものの、所得再分配か経済成長のいずれを優先すべきなのかという問題は、常に経済政策で大きな論争になり、国民の評価もそのときの社会経済状況で大きく揺れ動いてきた。
 2007年から08年のように生活保護を打ち切られて餓死した高齢者の事件や、リーマンショック後の解雇で仕事と住居を同時に失った人々が日比谷公園に集まり、派遣村が開設されたことなどが報道されると貧困・格差に関心が集まり、再分配政策を支持するようになる。しかし、最近のように生活保護受給者が増加し、不正受給などが報道されるようになると、再分配政策への支持は小さくなる。再分配政策を重視した民主党政権とは異なり、自民・公明連立政権は、経済成長重視を鮮明にしている。
 トリクルダウン政策は、日本でも2000年代前半に雇用規制緩和などを進めた小泉純一郎政権、それに続く(第1次)安倍晋三内閣でも「上げ潮政策」として採用されているが、それが低所得世帯にどのような結果になったかは十分検証されていない。国際的にも過去20年から30年間で、先進国における格差がどのような状況になっているかは重要なテーマになっている。この点について経済開発協力機構(OECD)の “Divided We Stand: Why Inequality Keeps Rising” (2011年) は、1980年代半ばから2000年代後半の期間における所得上位10%の階層と下位10%の階層の実質所得の変化率について、「世帯規模」と「物価水準」を調整した上で、国別に動向を明らかにしている。
 フランスのように下位の所得の成長率が上位の成長率よりも高い国は例外であり、多くの国で、高所得者の所得の成長率は低所得者の成長率よりもはるかに高く、格差は拡大していることが確認できる。それでも低所得者の実質所得の成長率はわずかでもプラス成長であるが、日本のみ低所得者層の所得は実質所得が年平均マイナス0.5%になっている。日本では、低所得層の所得がより大きく低下していることが確認されたことになる。
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2017年11月20日

貧困層の増加と生活保護制度の衰退

 長期にわたる経済不況や雇用環境の悪化などの影響によって、貧困層が大幅に増大している。年齢別では60歳以上の高齢者の増加が大きく、生活保護利用者のうち、全体の約51%が60歳以上となっている。
 このような事態に対し、社会保障制度改革推進法の附則においては、生活困窮者対策と生活保護制度の見直しに、総合的に取り組むことが明記された。 生活保護制度は、憲法第25条の生存権の規程に基づき、国民の最後のセーフネットとしての機能を持つ制度である。
 改革に向けた具体的検討は、保護基準の検討を行う「生活保護基準部会(2011、社会保障審議会)」と、生活保護改正法も視野に入れた貧困・低所得者対策の抜本的な見直しを図る「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会(2012社会保障審議会)」で進められた。そして、2013年には、基準部会からは生活保護基準引き下げについての報告が、特別部会からは「生活困窮者対策の見直し」と「生活保護制度の見直し」の2点に渡っての報告書が出されている。
 また、特別部会の報告では、生活困窮者対策について、複合的な課題を抱える生活困窮者に対する新たな相談支援体制の構築の必要性が示され、すでに地域包括支援センターに設置している自治体も増えてきた。
 しかし、生活費が減額され、生活が苦しくなり、収入が現行の生活保護基準に近い人は、保護基準額の減額によって生活保護が利用できなくなるのだ。また、生活保護が廃止された場合は、新たに国保等の医療保険に加入したことによる保険料の支払、無料であった保育料や介護保険料・同一部負担金などの福祉サービス、地方税、NHK受信料等の支払などが発生してしまう。
 さらに所得の低い世帯を支援するさまざまな施設は、生活保護基準額を目安に行っているものが多く、生活保護基準額の減額によって、それまで利用できていた人の中には、利用できなくなる人がでてくることになる。また、国民健康保険料の減免、同じく一部負担金の減免が利用できなくなる人がでてくる。なお、介護保険料・同サービス利用料には、境界層該当制度といって、生活保護に至らないように利用率を下げる減額制度がある。また、障害者サービスにおいても同様の制度があるが、基準額の減額によって利用できなくなる人がでてくる。
 学校教育法による就学援助は、義務教育にかかる費用、学用品代、虫歯治療費、給食費、就学旅行費等を支給する制度で、生活保護基準額の1.0〜1.3倍以下に設定されているが、基準額の減額によって利用できなくなる子供も出てくる。
 低所得者向けの貸付制度である生活福祉資金は、対象者を、低所得者または生活保護基準のおおむね1.7〜1.8倍以下、障害者・高齢者は2倍としているところが多く、教育支援資金(無利子)が45%を占めているが、引き下げによって利用できなくなる人がでてくる。
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貧乏な有権者のほうが多いのに金持ち優遇政策とられる?

民主主義の国なのになぜ多数派の貧乏人に有利な政策が取られないのか。それは、貧乏人が、そういう党に投票しないからである。ではなぜ投票しないのか。
 日本では、年々貧困率・非正規雇用率・ワーキングプア率が上がっており、貧しい人が増えている。しかし政府は金持ち優遇、貧乏人の保護には消極的で所得格差をますます拡大させる政策を取っている。
 なぜ民主主義の国なのに多数派の貧乏人に有利な政策が取られないのか。有権者の数では富裕層は少数派なのに…。
 その指摘通りなら、世界中の民主制国家で社会主義が実現するはずだが、 現実にはそうなっていない。日本でも、共産党や社民党が与党になっても良さそうなのだが…。
 私の祖父は小卒の貧乏人だったが、「社会主義者が主張しているような政治は、常識に反する、あんな理想的な社会などできる訳がない」とバカにしていた。これに対して、多くの知識人たちは、社会主義を賞賛していた。結局、小学校卒の祖父の意見が正しかった訳である。
 これと同じでないか。 共産党や社民党が主張していることは、正しい気がするかもしれないが、何となくウソ臭いのだ。 結局のところ、歴史などで醸成された常識が邪魔をして いるからではないのか。
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2017年11月19日

貧乏な有権者のほうが多いのに金持ち優遇政策とられる?

民主主義の国なのになぜ多数派の貧乏人に有利な政策が取られないのか。それは、貧乏人が、そういう党に投票しないからである。ではなぜ投票しないのか。
 日本では、年々貧困率・非正規雇用率・ワーキングプア率が上がっており、貧しい人が増えている。しかし政府は金持ち優遇、貧乏人の保護には消極的で所得格差をますます拡大させる政策を取っている。
 なぜ民主主義の国なのに多数派の貧乏人に有利な政策が取られないのか。有権者の数では富裕層は少数派なのに…。
 その指摘通りなら、世界中の民主制国家で社会主義が実現するはずだが、 現実にはそうなっていない。日本でも、共産党や社民党が与党になっても良さそうなのだが…。
 私の祖父は小卒の貧乏人だったが、「社会主義者が主張しているような政治は、常識に反する、あんな理想的な社会などできる訳がない」とバカにしていた。これに対して、多くの知識人たちは、社会主義を賞賛していた。結局、小学校卒の祖父の意見が正しかった訳である。
 これと同じでないか。 共産党や社民党が主張していることは、正しい気がするかもしれないが、何となくウソ臭いのだ。 結局のところ、歴史などで醸成された常識が邪魔をして いるからではないのか。
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2017年11月18日

「自己責任」では解決できない現実

 正規労働者が、経営者に同調して非正規労働者を雇用の調整弁として切り捨てるとき、それは“NOと言えない”労働者を生み出すことで、結果的に自分たち自身の雇用の安定を掘り崩していることに気づくべきだ。それは決して自分たちの利益にかなった行為ではない。その証拠に、正規労働者は今まさに「既得権益の(不当な)受益者」としてターゲットにされているではないか。
 セーフティネットの穴が広がり続ければ、いつかは自分の足元にも及ぶ。イスが減り続ければ、また減らなくても自分の体力(“溜め”)が落ち続ければ、いずれは自分も座れなくなる。そのときになって「あれは座れなかった人間が悪い、という話じゃなかった」と気づいても、もう遅い。
 総合研究開発機構(NIRA)は08年4月、就職氷河期世代に対して今のように何の実効性もない就労支援策でお茶を濁しているだけだと、将来的な生活保護費の増額分は17〜19兆円に上る、という試算を発表した(現在の生活保護費は2.6兆円)。しかし、その人たちが“NOと言えない”労働者となって労働市場全般、ひいては社会全般の土台を掘り崩すのだとしたら、社会の損失は文字通り計り知れない金額に達するだろう。日本社会はこの間、目先の財政均衡のために、先々の決定的な財政不均衡に向かって突き進んできた。今こそ、私たち自身のために、アメリカ追随一辺倒の構造改革路線からきっぱりと決別すべきときだ。
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2017年11月17日

貧困を放置すれば社会の弱体化を招く

 なぜ貧困が「あってはならない」のか。それは、貧困の放置は社会の弱体化を招くからだ。これは道徳的・抽象的な意味ではない。
 貧困状態に放置された人たちが、どうやって生きていくかを考えてみればいい。多くの人たちは、家族の支えも公的な保障も受けられない中で、生きるために労働市場にしがみつくことになるだろう。そのとき、人々は“溜め”を失い、食っていけない状態で労働市場に(再)参入するため、「どんな低賃金でも、どんな条件でも働きます」という“NOと言えない”労働者となって戻るからだ。働かなければ今日の宿も失う、子供を路頭に迷わせてしまうという状態にある人たちが、労働条件について会社に異議申し立てができるかを考えてみれば、答えは明らかだろう。
 この間、貧困が拡大してきたのは、労働市場の崩壊という原因が大きい。しかし、貧困に対する(自己責任論による)放置は、それに止まらない。それは“NOと言えない”労働者を大量に生み出し、それによって労働市場を崩壊させる。つまり、貧困は労働市場崩壊の結果であると同時にその原因でもあり、両者は相互に悪影響を及ぼし合う。これを「貧困化スパイラル」という。
 官民にわたるワーキング・プアの増大は、貧困をその手前で止めなかった社会が“NOと言えない”労働者を大量に生み出したことの帰結であり、それはまた、コインの半面の問題として正規労働者の労働条件を切り崩さずにはおかない。低処遇労働者が増えれば増えるほど、安定処遇の人たちもそれとの均衡で低処遇化していくか、または安定処遇に見合った高い生産性を要求されるからだ。それは、総務省の就業構造基本調査結果が明らかにしたように、短時間就業と長時間就業の二極化を促進するだろう。「過労死か貧困か」という究極の二者択一を迫られる、ということである。
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2017年11月15日

貧困とは“溜め”が失われた状態

 貧困問題を考えるためには、筆者は“溜め(ため)”という視点を導入する必要がある、と言っている。“溜め”とは、人々の置かれている条件のことであり、イス取りゲームの比ゆを引き継げば、ゲーム参加者の体力のようなものである。
 さまざまなものが“溜め”としての機能を持っている。お金があるのは金銭的な“溜め”があるということだ。頼れる親がいる、仕事を紹介してくれる、転がり込める友人がいるのは、人間関係の“溜め”だ。また「生きてりゃそのうちいいことあるさ」と思えるなら、その人には精神的な“溜め”がある。“溜め”とは、このように金銭、人間関係、精神状態にまたがる複合的な概念であり、その“溜め”を総体として失うのが「貧困」だと筆者は考えている。
 たとえば、失業というトラブルに見舞われた正規労働者と非正規労働者2人のうち、どちらが「より条件のいい就職先」というイスに着けるかを考えてみる。正規労働者は、就労中にためたお金があって、それで失業保険の支給まで食いつなぐことができ、失業保険受給中はある程度の生活基盤を確保しながら、じっくりと次の仕事を探すことができる。かつての同僚たちの中に条件のいい仕事を紹介してくれる人がいるかもしれない。他方、低賃金で働いていた非正規労働者は、失業保険が開始されるまでの3カ月を食いつなぐお金を持っておらず、そもそも受給資格そのものがないかもしれない。貯蓄も少なく、直ちに次の仕事に就かなければ、家賃も払えない、食べるものもない、という状態に追い込まれやすい。このとき、2人は職探しというスタート時点において、同じ体力でイス取りゲームに臨んでいると言えるだろうか。
 また、公的支出に占める教育費の割合が経済協力開発機構(OECD)28カ国中28位という状態の中で、子ども一人を大学卒業させるのにかかる費用は一人当たり2370万円と言われている。では、そのお金を用意できない親の子は、学費・生活費に加えて年間数十万円に及ぶ塾費用を用意できる家庭の子と比べてどうか。その体力差をカバーできないのは、ひとえに自己責任の問題なのだろうか。ゲーム参加者の体力を問うことなく、どうしてゲームの公平性を担保することができるだろうか。
 “溜め”という概念は、その体力がお金だけではなく、人間関係の資源を含めて多様な範囲に及んでいることを示している。国会議員はしばしば「食えないのは自助努力が足りないから」と自己責任論を振りかざす。しかし自助努力だけの勝負ならば、なぜ自民党国会議員の半数以上が二世議員なのか。それは、その人たちの言に反して、人間関係の“溜め”がいかに重要かを立証している。国会議員こそ、自助努力だけでは済まない現状を強調すべきなのだ。
「貧困」はしたがって、たんにお金がない「貧乏」とは区別されるべきだ。貧乏でも家族や地域との豊かな人間関係をもって幸せに暮らしている人はいるし、それゆえに貧乏は笑い飛ばせるかもしれない。しかし、基礎的なもろもろの“溜め”を奪われた貧困状態にありながらも幸せだという人は定義上ありえないし、また笑えるものではない。だからこそ、貧困は「あってはならない」ものなのであり、古来政治の重要な役割の一つは貧困をなくすことにある。貧困問題に取り組まない政治家は、それゆえ、自ら政治家としての資格を捨てているに等しい。
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日本社会に広がる貧困

 「メールにて失礼いたします。現在45歳 男 ○○○○ともうします。北海道から東京に体1つで上京しネットカフェなどに寝泊まりしながら派遣の日雇いの仕事をする毎日、派遣先は主に重労働の建築現場で経験も体力もない自分にとっては毎日が苦痛で精神面も不安定な状態になりつつあります。正直その日暮らし的な今の生活に限界を感じています。自分には中学生の息子がいるので、東京で一稼ぎして仕送りを考えていましたが現状では仕送りどころか自分の生活も困難です。是非お力添えをしていただきたくメールいたしました。どうぞよろしくお願いします」
 NPO法人自立生活サポートセンター・もやいには、このような相談メールが毎日のように届いている。かつては、元日雇いの野宿者や母子世帯が大多数だったが、今は若者や一般世帯にも広がっている。とくに増えているのは20〜30歳代の働き盛りでありながら、「働いているのに/働けるのに、食べていけない」という人たちだ。
 35歳男性は、妻と子3人を抱えて、寮に住みながら派遣会社で働いていたが、収入は月額20万円程度しかなかった。寮費・水光熱費が割高に設定されている中で、20万円では5人は食っていけない。
 こういう事例は、しかし、しばしば反発を招く。好ましくない結果をもたらしたのは、何よりも本人の努力不足が原因という自己責任論が根強いからだ。それは、貧困問題に永遠について回る偏見である。イス取りゲームにおいて、イスに座れなかった人たちに着目すれば、批判は容易である。「スタートダッシュが遅かった」「ボーっとしていた」「動きが緩慢だった」と、まるでプロ野球観戦でもするように、人々は冗舌になれるだろう。
しかし、一度イスの数に目を転じれば、事態の様相はがらりと変わる。イスの数が足りなければ、ましてや減っていけば、必然的に座れない人たちは増えていく。そのとき問題の根幹は、座れなかった人たちの自己責任論議から、イスの数、つまり人々の生活を支える諸々のセーフティネットの議論へと転換するだろう。
 普通の人々が普通に暮らせる社会のために必要な視点はどちらなのか。その綱引きが今も繰り広げられている。
posted by GHQ/HOGO at 07:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月14日

日本社会に広がる貧困

 「メールにて失礼いたします。現在45歳 男 ○○○○ともうします。北海道から東京に体1つで上京しネットカフェなどに寝泊まりしながら派遣の日雇いの仕事をする毎日、派遣先は主に重労働の建築現場で経験も体力もない自分にとっては毎日が苦痛で精神面も不安定な状態になりつつあります。正直その日暮らし的な今の生活に限界を感じています。自分には中学生の息子がいるので、東京で一稼ぎして仕送りを考えていましたが現状では仕送りどころか自分の生活も困難です。是非お力添えをしていただきたくメールいたしました。どうぞよろしくお願いします」
 NPO法人自立生活サポートセンター・もやいには、このような相談メールが毎日のように届いている。かつては、元日雇いの野宿者や母子世帯が大多数だったが、今は若者や一般世帯にも広がっている。とくに増えているのは20〜30歳代の働き盛りでありながら、「働いているのに/働けるのに、食べていけない」という人たちだ。
 35歳男性は、妻と子3人を抱えて、寮に住みながら派遣会社で働いていたが、収入は月額20万円程度しかなかった。寮費・水光熱費が割高に設定されている中で、20万円では5人は食っていけない。
 こういう事例は、しかし、しばしば反発を招く。好ましくない結果をもたらしたのは、何よりも本人の努力不足が原因という自己責任論が根強いからだ。それは、貧困問題に永遠について回る偏見である。イス取りゲームにおいて、イスに座れなかった人たちに着目すれば、批判は容易である。「スタートダッシュが遅かった」「ボーっとしていた」「動きが緩慢だった」と、まるでプロ野球観戦でもするように、人々は冗舌になれるだろう。
しかし、一度イスの数に目を転じれば、事態の様相はがらりと変わる。イスの数が足りなければ、ましてや減っていけば、必然的に座れない人たちは増えていく。そのとき問題の根幹は、座れなかった人たちの自己責任論議から、イスの数、つまり人々の生活を支える諸々のセーフティネットの議論へと転換するだろう。
 普通の人々が普通に暮らせる社会のために必要な視点はどちらなのか。その綱引きが今も繰り広げられている。
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2017年11月13日

ワーキングプアの具体的な対策

 ワーキングプアを増やさないためにはどうしたらいいのか。 政府と市場とが一体になって行うことが大事だというが、具体的なことはまだ考えられていない。 最近は、日雇い派遣が原則禁止と改定されたりなど動いているがまだまだのようだ。
 その他の対策として個人でできることは、資格を取る、職業訓練校に行く、など自分自身の能力を上げることが必要とされている。市場と政府が複合に絡みあうことが大事だが、これからどんどんと減っていくことを望みたいと思っているが、前途多難である。
 対策が薄いので、ワーキングプアの年収の本音を聞いてみた。
 ・女性 30代  
 年収は約200万円程度。昼間は建設会社で事務の仕事をし、夜はコンビニ弁当の生産を各工場にふりわける仕事をしている。
 ・男性 20代 
 年収は約100万円程度。 病院の入院食をつくる仕事。はじめは臨時職員だったが、この仕事が民間委託されたあとはパートになった。官から民へということなのだろう。収入は月に8万円。ボーナスはない。
posted by GHQ/HOGO at 05:26| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする