2020年01月29日

生活保護費を搾取する「大規模無低」の正体 厚労省がお墨付き?貧困ビジネス拡大の懸念

 生活保護費の受給者の生活支援をめぐって、大きな問題が浮上している。
 保護受給者数は2018年7月時点で約210万人。2015年3月をピークにその総数は減少に転じている。世帯類型別に見ると、リーマンショック後は若年層などが増えたが、近年は景気回復を受け減少。母子世帯や傷病・障害者世帯なども同様に減少している。
 一方で拡大の一途をたどるのが、高齢者世帯だ。世帯類型別ではすでに5割を超え、受給者のうち全体の47%は65歳以上の高齢者となっている。高齢の保護受給者数は、この20年で約3.4倍に拡大。中でも「高齢単身者」の増加が大きい。
 住居を失った多くの高齢単身者の終の住処(ついのすみか)となっているのが、一時的な居所と位置づけられている社会福祉事業の1つ、「無料低額宿泊所」(無低)だ。
 無低は「生計困難者のために、無料または低額な料金で、簡易住宅を貸し付け、または宿泊所その他の施設を利用させる事業」として社会福祉法に位置づけられている。一方、生活保護法は居宅保護(自宅における生活支援)を原則としており、補助的に救護施設や更生施設などが保護施設として位置づけられている。そうした中で、無低のみが拡大を続けてきた。
 背景として考えられることは、単身高齢者の場合、民間アパートなどを借りようとしても拒否されるケースが多く、保護施設に加え養護老人ホームのような老人福祉施設も不足していることが挙げられる。その中で無低が生活保護で暮らす高齢者の「受け皿」として機能してきた経緯がある。
 もちろん無低の中には、小規模なグループホームの形態で社会福祉士など福祉専門職が中心となり、巡回などを通じて利用者の生活安定に取り組んだり、福祉事務所や医療・福祉サービス事業者と連携し、適切な支援を提供したりする施設もある。
 そうした小規模ながら良質な施設がある一方、拡大が続くのが入所者が多く要介護者も多い「大規模無低」だ。法的規制が少なく設置運営基準が緩いこともあり、1999年に特定非営利活動促進法(NPO法)が成立すると一気に広まった。
 一部の運営事業者は1施設当たりの入所者数を大規模化。ホームレス状態にある人に、公園などで運営事業者自らが「相談」と称して声をかけ、施設に入れてしまう勧誘行為も横行した。
 住居を失い福祉事務所に生活の相談に行くと、「大規模無低の利用を促された」と話す保護受給者は多く存在する。こうした運用実態が特定の大規模無低の急拡大に拍車をかけた可能性が高い。今では全国で無低施設数は537、入居者数は1万5600人に至っている。経営主体の8割弱がNPO法人だ。
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2020年01月28日

日本のシングルマザーの貧困率が突出して高い理由

 日本は、GDP(国内総生産)で米国、中国に次ぐ世界3位の「経済大国」だ。しかし、その陰では、「シングルマザー」世帯の貧困が先進国でも突出して深刻なのはご存じだろうか。
「経済大国」なのに…日本は豊かな国だろうか。GDPで中国に抜かれたとはいえ、まだ世界3位。れっきとした「経済大国」である。データを見ずとも、日本は先進国に数えられると考える人も多いはずだ。むろん、G7(先進7ヵ国)の中にも日本は含まれており、世界各国からもそのように認識されているだろう。しかし、データを「深読み」していくと、意外な事実が浮き彫りになる。
 厚生労働省の発表した2016年度の「全国ひとり親世帯等調査」によると、日本には約142万の「1人親世帯」がある。内訳は、父子世帯の約18万7000世帯に対し、母子世帯はその6倍以上、約123万2000世帯に上る。ひとり親世帯の9割近くが母子世帯だ。
 注目すべきは、その経済的困窮ぶりだ。OECD(経済協力開発機構)の調査では、1人親世帯で、なおかつ親が就業している場合の相対的貧困率(全国民の所得の中央値の半分を下回っている割合)は、日本が54.6%と先進国では頭1つ抜けている。世界でも有数の経済大国にもかかわらず、なぜここまでひとり親世帯の子供の貧困率が高いのだろうか。
 厚労省の調査では、約123万2000の母子世帯のうち、81.8%の母親が就業しているという。しかし、そのうち「正規の職員・従業員」は44.2%に過ぎない。43.8%が「パート・アルバイト等」。「派遣社員」も含め、ほぼ半数の48.4%が非正規雇用だ。母子世帯全体の平均年間収入も348万円にとどまっている。
 同省が発表した16年の国民生活基礎調査によれば、全世帯でみると世帯の平均所得は545万4000円だ。児童のいる世帯に限れば707万6000円に上る。ちなみに、収入から生命保険料や確定拠出年金の掛け金など所得控除される分を差し引いた額が所得金額だ。そう考えると、いかに母子世帯の収入が低いかが分かるだろう。
さらに、15年の国勢調査を見ると、母子世帯のうち、母親の親(子供から見ると祖父母)などがいない「母子のみにより構成される母子世帯」の数は約75万世帯、世帯平均年間収入は厚労省の調査結果よりさらに低い243万円だ。
 父子世帯より母子世帯のほうが経済的に苦しいのは、むろん、就業によって得られる収入に差があるからだ。  父子世帯の場合、父親の85.4%が就業している。この数字は、母子世帯の母親の就業率(81.8%)と大きな差はないが、その中身はまるで異なる。父親の場合、就業している人のうち、18.2%が「自営業者」で、68.2%が「正規の職員・従業員」である。非正規雇用の割合は圧倒的に低く、男性と女性で稼ぐ条件に大きな差があると言わざるを得ないのだ。
 前出の1人親世帯等調査によると、1人親世帯となった時点の末子の年齢は、父子世帯の6.5歳に対し、母子世帯は4.4歳。子供が幼いので、フルタイムでの勤務が難しいという事情もありそうだ。
 「女性は離別した夫から養育費をもらうではないか」と思う人もいるかもしれない。しかし、同調査によると、離婚した父親からの養育費の受給状況で「現在も受けている」と回答したのはたった24.3%だけだ。しかも養育費の平均月額(※養育費の額が決まっている世帯)は4万3707円。収入の男女差を埋めるには明らかに少ない。
 さらに、シングルマザーの2割以上が「未婚(の母)」か「死別」だ。こうしたケースでは基本的に彼女らは養育費を受け取ることはない。この点は注意しなければいけない。
 ここまで、政府の統計データを基に、日本でシングルマザーの生活が厳しい理由を見てきた。しかし筆者は、ほかにも要因は複数あると考えている。まず、指摘したいのは日本にはベビーシッターの文化が浸透していないことがある。理由は複数あると考えられるが、何より大きいのは、ベビーシッターのサービスを受けるための価格が高いことだろう。ベビーシッターの1時間当たりの利用料は、一般的に1000〜4000円程度は相場だ。さらに、交通費などの料金が加算される。
 仮に、1時間2000円程度としよう。1日8時間、週5日間利用するとなると、交通費などを除いても1ヵ月でなんと35万円ほどかかってしまう。年間だと420万円。ほかにも家賃や食費、光熱費などの生活費がかかるだから、これでは母子世帯だけでなく、夫婦共稼ぎの世帯でも支払うのは難しい。さらに、「利用したい日の1週間前に要予約」といったケースも多く、「使いたい時にすぐ使える」サービスは少ないのが実情だ。
 行政も、これを社会問題ととらえ、東京都が待機児童となっている子どものいる家庭を対象に、ベビーシッターの利用料の大半を補助する制度をスタートしたり、企業が社員向けの補助制度を整備したりするなど、利用促進に向けた支援が拡充されつつある。
 しかしながら、筆者が実際に複数のシングルマザーにベビーシッターを活用するかどうかについて聞いてみたところ、否定的な答えが多かった。費用の面より、気持ちの面で活用をためらうケースも多いようなのだ。
 自分が自宅にいないとき、ベビーシッターという「他人」に子どもと一緒にいてもらうことや、保育園に迎えに行ってもらうことに対し、「抵抗感がある」というのだ。
 また、日本の企業の旧態依然とした働き方も、シングルマザーの生活を苦しくしている要因といえそうだ。私が話を聞いたシングルマザーたちの中でも、若い母親たちは特にこの点を強く指摘していた。
 日本の企業では、定時の就労時間を午前9時から午後5時に設定しているケースが多い。そして、基本的には社員全員がオフィスへ出勤し、机を並べて仕事する。仕事が終わった後にも、度々職場の食事会や飲み会が開かれ、そこでのコミュニケーションが社内の人脈づくりや評価につながり、「将来の出世や昇給に響く」と感じる人は少なくない。1人親世帯の子供は、一般的に認可保育園に入りやすいケースが多いため、待機児童の問題で悩むことは少ないはずだ。しかし、シングルマザーが前述のような働き方をするのは極めて難しい。
 午前9時にオフィスに到着しなければならない。すると、午前6時には起きて子どもを保育園や幼稚園に送る準備や、食事の支度をし、子どもたちを送り届けてから満員電車に乗ってオフィスへ行く。
 保育園への「お迎え」があるので、「時間短縮(時短)勤務」の制度を活用したり、夕方は定時に退社したりしなくてはならず、遅い時間に緊急の会議が開かれたとしても、出席は極めて難しい。まして仕事の後の「付き合い」などできるはずがない。
 フルタイムでの勤務自体が難しいため、なかなか昇給も昇格もせず、「ボーナスをもらえないこともある」という。収入が少ないのは、ある意味必然と言える。
 ただ、最近は「働き方改革」が進み、企業なども少しずつ変わってきている。
 フレックスタイム制を導入する企業も増えてきており、リモートワーク(在宅などによる勤務)をできる企業もある。様々な「チャットツール」や、ウェブ会議のための通信用アプリケーションも開発されており、全員がオフィスに集まる必要もなくなってきた。
 また、「副業」や「パラレルキャリア」という言葉を耳にすることが多くなってきたように、技能さえ持っていれば、フリーランスで収入源を複数確保することも可能になってきた。実力が収入につながれば、仕事のあとの宴席などを気にする必要もなくなるはずだ。
 シングルマザーの貧困が子供の貧困を招き、そして最終的に日本の国力の低下にもつながりかねない。一部の家庭の話だと切り捨てるのではなく、国を挙げて対策を検討し、早急に改善されていくことを期待したい。
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2020年01月27日

不公平感と制度


 もともと戦中期において生じた「苦しんでいる同胞を助けてあげよう」なる感情がもとになって生まれたのが現在の社会扶助なり公的扶助なのだから、制度を悪用なり本来の適正な使い方をしない人が出てくると、不公平感を生み、社会扶助システムそのものが不可能になることは十分に考えられる。
 現実、「不公平感」をバカにすることはおろそかにできず、それを蔑ろにすることは制度そのものを破滅させるケースが多い。
 『近代国家において革命が生じるのは、警察権力の不当な乱用と課税権力の濫用である』とはよく言ったもので、税金の使い道に対する不公平感が元でシステムがひっくり返ってしまうのは、フランス革命など各種革命、ユーゴスラヴィア内戦など各種戦争・内戦、独裁政権の転覆など枚挙にいとまがない。
 なお、『独裁者のためのハンドブック』という本においても語られるのは、結局、「金の切れ目が縁の切れ目」ということだった。独裁者は権力維持のために「仲間」への金集めに苦心する。
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2020年01月26日

現金給付の(直感的にわかる)欠点、2つ

 一般的な感覚としては次のような点で現金給付が嫌われ、現物給付が支持されることが多い。次の2点が主な理由としてあげられる。
@ 生活保護をパチンコに使うことは人々の支持を得るのか?
これは生活保護に対する批判としてよく言われることだが、例えば生活保護費のお金でパチンコ通いや競馬通いは認められるのか。一方で「そんなの、お金を何に使おうが本人の勝手でしょ」という声があり、確かにその通りだと個人的には思うけれど、現実問題として生活保護費の使い道に寛容になれない人は多く存在し、その場合は民主主義の制度上、現金給付制度の継続が困難になる。
 ただ、これはそもそもにして藁人形論法、すなわち「貧困者に対する差別意識が原因のデマ」である可能性もある。「生活保護をもらってもパチンコや競馬などの遊興費やぜいたく品の購入品に用いることはそれほど多くない」ということが多くの実証研究で明らかになっている。
A 制度 を悪用する人間が出てくること
例えば現金を給付する場合、もらったお金は何にでも使うことは可能だから、お金を目当てに「当たり屋」のような人が出てくることは否めない。すなわちお金を目当てとして、わざとケガをする人が出てくるかもしれない。
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2020年01月25日

ミクロ経済学 による分析では、現金給付が支持される

 「ミクロ経済学」というものがある。経済学というと「お金儲けのための学問」というイメージがあるが、実際はそうではなく、現実の資源状況(お金なり何なり)の下において人々の幸福(効用と呼ばれる)を、どのようにすれば最大にできるのかを数学を用いて考える学問だ。「限りある資源について、どのように分配すれば皆が幸せになるのかを、数学を用いて出来る限り厳密に考える分野」と言いかえてもいい。
 だから、「限りある財源の中で、現金給付か現物給付のどちらを採用すれば良いのか」など、現実社会を分析する道具として、コレはうってつけのものとなる。
 そしてミクロ経済学のオーソドックスな分析に従えば、「現金給付(現金配布)」が支持される。ここにおいては、現金給付にすることで、人々(例えば生活保護受給者)の幸福は最大限しつつも、国費を抑えることが可能となることが導かれる。すなわちサービスそのものを渡すより、現金をそのまま渡した方が、効果的かつ効率性に優れているのだ。
【ポイント:現金給付と現物給付、ミクロ経済学での分析はどちらが支持されるのか】
・ミクロ経済学による分析では、「現物給付(現金配布)」が支持され、現金をそのまま渡した方が、効果的かつ効率性に優ると結論付けられる
・ただミクロ経済学の分析ではとらえられない「穴」があるのも確かである
 しかしながら、ミクロ経済学の分析にも穴がないわけではない。物事には効率性以外の側面があるからだ。
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2020年01月24日

生活保護の現物給付と現金給付においては、なぜ現金給付のほうが優れているのか?

 生活保護制度の悪用が取りざたされているが、生活保護を受けるような貧しい人々に対し、現金を給付するのか、それとも現物給付(サービスそのもの)をするのか、どちらが望ましいのかという話がある。そもそも「現物給付」と「現金給付」は、次のように分別される。
【ポイント:現金給付と現物給付の違い】
・現金給付:そのまま現金を渡すこと。現金の使い道はもらった人が自由に決めてよい
・現物給付:診療や検査、投薬、入院など「医療サービス」や「食料」など、サービスそのものを渡すこと。
アメリカで広く採用され、日本でも大阪において社会実験が行われた「フードスタンプ」や「バウチャー」は、金銭に近い存在ながら大まかな範囲で使途を限定しているので、現金給付と現物給付の折衷案と言える。感覚的には現物給付(サービスそのもの)のほうが良さそうに感じるし、実際、洋の東西を問わず政治的には現物給付のほうが人気がある。同様に政治家は人気稼業だから、人びとの意見に流されやすく、一時は時代の寵児として首相待望論も多く聞かれた橋下徹氏、そして氏が率いた大阪維新の会も、当然のように現物給付を主張していた。
 【維新の会、生活保護に「現物支給」検討 不正受給を減らせるのか?】
 橋下徹大阪市長が率いる地域政党「大阪維新の会」が近く公表する公約集「維新八策」に、生活保護の現物支給化が盛り込まれる見通しが明らかになった。現在は現金給付だが、これをクーポン券や生活用品を直接渡す方式に切り換える。不正受給を減らし、生活保護費の増大を抑えることが狙いだ。米国では、食料品の現物支給に近い制度が50年近く前にできている。
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2020年01月23日

バブル崩壊後に訪れた生活保護受給者の受難

 天皇家や天皇制に多少興味があるが、2019年に「平成」から「令和」への元号の移行が行われた事実は小さくないのではないかと思う。生活保護にとっての「平成」の足掛け31年間はどうだったのかを振り返ってみよう。
 「平成」が開幕した1989年は、バブル景気がピークに向かっていた時期だった。この年、生活保護受給者数は約110万人、人員ベースの保護率は0.89%であった。おおむね、現在の半分程度にあたる。
 この後、バブル景気は拡大を続けたものの、1991年(平成3年)には「バブル崩壊」に至る動きが出現し、翌年の1992年になるとバブル崩壊は否定しようもない流れとなっていた。しかし1995年(平成7年)、生活保護受給者数は約88万2000人まで減少し、保護率も0.70%まで減少、いずれも戦後最少となった。バブル崩壊の影響が、生活保護において現れ始めるのは、1998年(平成10年)頃である。
 その後、「景気回復によって生活保護へのニーズが減少した」といえる時期は、現在のところは現れていない。また、生活保護受給者の高齢化は日本全国の高齢化に先駆けて進行しており、2016年には高齢世帯が50%を超えた。
 同時に単身世帯の比率も増加しており、高齢の生活保護世帯のおおむね90%は単身世帯である。日本の伝統的家族観や価値観を比較的深く内面化しているはずの高齢者に見られる単身化傾向には、数多くの背景が考えられる。
 最初に考慮すべき要因は、本人の家族観や価値観とは無関係な経済状況であろう。2015年に65歳となる人は、バブルが完全に崩壊した1995年に45歳だった。その年齢でバブル崩壊の影響を受けると、その後の生活設計は困難に瀕し続けたままであった可能性が高い。
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2020年01月22日

最後のセーフティネット?

 行政コストを単年度でとらえると単純に「生活保護受給者数を減らせ」ということになりかねない。しかし、実は複数年度で見るとずいぶん違う。
 そもそも生活保護を「最後のセーフティネット」などと位置づけているのが間違いなのではないか。生活保護法1条の「目的」には「自立の助長」が明記されているが、実際には、すべて失ってやっと保護にたどり着けるのが現状なのだ。
 そうではなく、破綻する前に保護を開始することで、早期の保護離脱も可能だと思う。
 たとえば「自立助長」の保護受給者の場合、保護費を倍程度出して手厚く支援し、3〜5年で保護廃止まで支援する。しかし、そもそもの雇用自体が不安定化しているので10年後に再受給ということもありうる。早めに再受給してもらうことが肝心なのだが、これを3〜4回繰り返して80歳までいったとする。働いているときは、保護費は当然かからないし、そのときの納税や社会保険料の納付まで考えると、生活保護を60年間受け続けるよりもコストは安いということになる。
 だから受給者数は増えても、長年でみれば全体の保護費は下がるということもありうる。しかし、現状は最低限保障であるゆえに、選択肢が少なく、結果滞留。20歳の人が80歳まで60年間生活保護を受給する事態も起こりうるのだ。
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2020年01月21日

「生活保護」の受給は悪いか?

 日本で生活保護受給者が増えているのは怠け者が多いからではなく、社会保障の制度設計が悪いから。だとすると、われわれはどうすべきなのか。
 近年の「生活保護叩き」の先入観とは異なり、生活保護の支給率が低く、不正受給も少ないことは、多少とも知識のある人は誰でも知っている。日本の生活保護は、1980年代から窓口レベルで受給規制を厳しくしていたため、貧困者に対する受給者の比率(捕捉率)は約2割である。スウェーデンは82%、フランスは91%、ドイツは65%だ。不正受給率は金額ベースで0.38%。受給世帯は高齢者世帯が43%で最多、さらに障害・疾病者世帯が33%、母子世帯が8%である(いずれも2010年の数字)。
 とはいえ受給者は95年の約88万人から、2012年には210万人を超えた。受給世帯も「その他」、つまり稼働年齢で障害者でも母子家庭でもない世帯が急増し、2010年には前年比32%増の16%に至った。「働かない受給者が増えている」という見方も、傾向としては間違ってはいない。
 これに対し貧困対策の運動関係者は、それは景気の悪化のため失業者や貧困者が増加しているためであり、生活保護受給が悪いのではないと主張する。それも正しくはあるのだが、ここで踏まえておくべきなのは、前提としての制度設計である。
 そもそも日本では、最低賃金>年金>生活保護という、社会保障の基本が成立していない。より正確には、公務員や大企業正社員は賃金>年金>生活保護なのだが、その枠外の人間は生活保護>最低賃金>年金なのだ。公務員や正社員が加入する共済年金や厚生年金はたいてい月額20万円ほどになるが、国民年金は満額でも6万円あまりである。前者は自分で納入する以外に、勤務先が保険料を納めてくれるからだ。これで高齢になったら、生活保護に流れ込まないほうがおかしい。アメリカの社会保障専門家は、こうコメントしている。
 「日本で生活保護受給者が増えているのは怠け者が多いからではなく、社会保障制度設計が悪いからです。日本の年金制度は上(高所得者)にやさしく、下(低所得者)に厳しい仕組みになっています。これではどんどん生活保護に行ってしまう」
 アメリカの場合、すべての勤労者が納めた年金保険料はすべて一元的に社会保障信託基金にプールされ、保険料の支払総額・期間・年齢が同じなら、基本的に受給額も同じレベルである。むしろ納入保険料の低い低所得者の受給額は、高所得者より納入保険料比率にすれば有利となっている。
 それに対し日本は年金組合が公務員・正社員・それ以外に分かれ、しかもそれが業界や地域によって分かれているので、相互の格差が激しい。もともと日本の年金は、軍人や公務員の恩給から始まっており、国に貢献した者への褒美ではあっても、貧困対策ではなかった。戦争中に軍需産業を中心に正社員に厚生年金が広まり、1961年にそれ以外の層、たとえば農民や自営業者に国民年金が適用されたのである。国民年金では生活できないが、農民や自営業者は老齢になっても働けるし、持ち家で後継ぎ息子が面倒を見てくれる、ということだったようだ。
 また最低賃金は、70年代以降に主婦パートが増えると相対的に低下した。家計補助だから低くても問題ないというわけである。さらに85年の制度改正で、専業主婦でも年収が130万円以下であれば、夫が保険料を納入していれば妻にも厚生年金が適用されることになった。年間130万円以上稼ぐと、配偶者控除がなくなり、保険料を納めなければならない。こうして、最低賃金が低いほうがむしろ好都合な専業主婦層が、政策的に生み出されることになった。
 それに対し、生活保護は占領軍の支持で設けられたものだ。受給額は年金や最低賃金とは関係なく、憲法25条で保障された「健康で文化的な生活」を営める程度に設定された。こうして、全体の制度設計を考えずに制度を継接ぎした結果、年金<最低賃金<生活保護という図式が成立したわけだ。
 さらに厚生年金組合でも、タクシーや繊維など不振業界では、業界縮小で組合の存続が危ぶまれ、税金の投入でようやく持たせている。こうした不振組合の資金運営が、AIJなどの破綻事件を起こした。
 こうなれば、最低賃金と国民年金を生活保護以上に上げ、専業主婦優遇制度をやめ、各種の年金を一元化するしかない。厚生年金は下がるが、一部の優良組合以外の不振組合はむしろ安定化する。それは識者みなが指摘することなのだが、その方向への「一体改革」は進んでいない。これが解決しない限り、「生活保護問題」は今後も深刻化するだろう。
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2020年01月20日

生活保護の重要性を厚労省は強調するけれど…

 精神保健福祉士の養成課程の改定を管掌するのは、厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部 精神・障害保健課だ。不安を率直に質問としてぶつけてみたところ、「科目として、表面上なくなるのは事実ですが、低所得者に対する支援と生活保護制度については今後もしっかりと学んでいただくというのが、われわれの認識です」という回答であった。
 制度としての公的扶助や生活保護制度については、現行の科目「社会保障」で引き続き学ぶ。また、精神障害者が抱えやすい生活困窮・貧困、そして制度上の課題については、新設される科目「精神保健福祉制度論」で学ぶという。「メンタルヘルスを切り口に、いろいろなことを考えていただきたい」という意識で科目を見直し、社会福祉士養成課程との重複も減らしたという。
 このため、現行の科目「福祉行財政と福祉計画」は廃止されることになったということだ。しかし、この科目は社会福祉士養成課程からも廃止されるのである。公的資格を取得してソーシャルワーカーとして公認される人々は、行政や財政について、どこで「しっかり」学べるというのだろうか(社会福祉士養成課程は介護福祉士とともに改定される)。
 なお、社会福祉士養成課程には、科目「貧困に対する支援」が新設される予定である。しかし、現行の「低所得者に対する支援と生活保護」という科目名の具体性、一個人としての「低所得者」に対する「生活保護」という制度名の生々しさ≠ェ削ぎ落とされてしまうことは確かだ。
posted by GHQ/HOGO at 07:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする